Facciamo una pausa♪

apri101.exblog.jp

イタリア大好き!な働く主婦が綴る日々の雑感、独り言♪                HN 杏

ブログトップ

タグ:辻邦生

  • 風の琴 二十四の絵の物語
    [ 2012-07-26 21:33 ]
  • 辻邦生・佐保子の部屋・おひるね茶家で過ごした極上の時間
    [ 2012-06-30 23:16 ]
  • 宝物
    [ 2012-05-26 17:25 ]
  • 辻佐保子さんのために・・・
    [ 2012-02-16 22:43 ]
  • ゆったり日曜 ショパンの調べ・・・
    [ 2010-09-27 00:32 ]
  • 軽井沢の不思議な家
    [ 2009-08-22 23:47 ]
  • 軽井沢高原文庫
    [ 2009-08-09 23:14 ]
  • 辻邦生・北壮夫 パリ東京往復書簡
    [ 2009-07-11 02:18 ]
  • 木屋町あたり・・・高瀬川♪
    [ 2008-11-12 20:14 ]
  • のちの思いに
    [ 2008-05-17 00:43 ]
暑いです。
夏ですから暑いのは当然なのですが、この数年の日本の暑さはどこか異常です。

遠くロンドンでは五輪の開会式の前ですが、すでにサッカー競技の予選が始まりました。
観ましたよ、なでしこ!
ハラハラする場面もありましたが、勝ってよかった!
こんなときは夏休みでよかったぁ!と思います~^^
今週末から眠れない日々が続きますもの~



昨日のお昼ごはん。
稲庭の手延べそうめん。
稲庭はうどんだけでなくおそうめんも美味しい^^



本日のお昼ごはん。
昨夜、イカトマト煮でして、それがたくさん残りました。
それをソースにしたパスタ
ふふ、使い回しです^^;

なんだか毎日麺類の昼ごはんですよ・・・



この文庫本は、「十二の肖像画による十二の物語」と「十二の風景画への十二の旅」からなっています。
私は「十二の肖像画による十二の物語」はハードカバーで持っていますが、風景画の方は持っておらず、この文庫本をかなり以前に購入しました。
ふと思って読み直してみました。

肖像画の物語で登場する絵画は、「美しきフェロニエール」レオナルド・ダ・ヴィンチ、「婦人の肖像」ポライウォーロ、「黄金の兜の男」レンブラント、「ラウラ・パッティフェルリの肖像」プロンツィーノ、「ヤーコプ・ムッフェルの肖像」デュラー、「自画像」ティツィアーノ、「レオナルド・ロダーノの肖像」ジョバンニ・ベルリーニ、「フェデリゴ・モンテフェルトの肖像」ピエロ・デラ・フランチェスカなどなど・・・
風景画で登場する絵画は、「シバの女王の船出」クロード・ロラン、「サント・ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」ポール・セザンヌ、「雪の狩人」ピーター・ブリューゲル、「アレキサンダーの戦い」アルブレヒト・アルトドルファー、「モルトフォンテーヌの思い出」カミーユ・コロー、「デルフトの眺め」ヨハネス・フェルメールなどなど・・・

絵画から辻邦生がインスピレーションを得て描いた物語集です。
辻さんは長編の名手ですけれど、とにかく「物語る」ということにおいては他に追随を許さない作家であったことがよくわかる作品集でもあります。
文章の美しさ、一枚の絵からここまで想像力が働いて作品が生み出されるのか、と思わずにいられない辻邦生の創作の力と人間に対する深い思いがどの作品にも表れている珠玉の作品集です。
どの物語も素敵ですけれど、私は肖像画の「レオナルド・ロダーノの肖像」が題材の物語がとても好きです。
どこかユーモアがあって、辻さんってやはりお茶目な方だったのだなと思わせる終わり方なのです。
そう、クスリ!と笑ってしまう終わり方。
上手いなぁ!と思います^^  

ですが、この珠玉の24の物語の文庫本は今では絶版になっていて、本当にもったいないと思います。
なんでこれほどの本を絶版にしてしまうのだか・・・  
その本が私の手元になぜか2冊あるのですよ。 
つまり・・・持っているのにもう1冊購入してしまったのです^^;
どなたか欲しいわ!とおっしゃる方、いらっしゃいます?
辻さんの作品、断然お勧めです!

           
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
人気ブログランキングへ

参加することにしました。
ポチ!っとして下さったら嬉しいです♪
by ank-nefertiti | 2012-07-26 21:33 | 読書 | Trackback | Comments(2)
日帰りで名古屋へ行ってきました。





辻佐保子さんの弟さんが、佐保子さんのご実家で営んでいらっしゃる「おひるね茶家」。
そこに今年の4月の終わりに辻邦生・佐保子ご夫妻の部屋が出来ました。
お二人のものは辻邦生さんのものは学習院に、佐保子さんのものは名古屋大学へほとんどが寄贈されましたが、高輪のお家で佐保子さんが飾ったいらしたプライベートな品々は弟さんご夫妻が名古屋へ持ち帰られて、この部屋が出来ました。





お二人が新婚当時に帰名されると使っていた部屋が展示室になっています。



若い日のお二人とお父上と一緒の佐保子さん。



高輪のお家にあった「軽井沢部屋」に飾っていてくださっていた私が撮影した佐保子さんの写真が、そのままの状態で展示されていて、ああ、こんな風に佐保子さんは飾ってくださっていたんだなぁと、本当に嬉しく思いました。



辻さんはなぜか石を拾い集めるのがお好きでした。
辻さんが拾い集めた小石たち。
これも高輪のお家にあったもの。



お二人がフランス、もしくはイタリアで求められ持ち帰っていらした石像。
雰囲気からするとイタリアでしょうか・・・
実は辻さんご夫妻はフランスに留学し、辻さんは仏文専攻でスタンダリアンでしたが、イタリアがお好きでした。
「心はイタリアに」と書かれた文章もあります^^



辻さんが亡くなられて数年後、お弟子さんたちと出かけたイタリアでの写真。
佐保子さんの遺言で、この写真が遺影に使われたそうです。
佐保子さんの知的だけれど飾らない柔らかなお人柄が出ているよい写真です。

撮影はしませんでしたが、辻さんから佐保子さんへの手紙、佐保子さんからお母様へのパリから出された葉書、辻さんから佐保子さんの弟さんの紘弼さんへのたくさんの葉書がきれいにスクラップブックに整理されていて、特に辻さんから佐保子さんへの「わび状」はなんとも可愛らしい文章で、辻さんが佐保子さんを本当に大事に思われていらしたのだなということがうかがえるものでした。

生前のお二人のご様子をたくさんうかがうことが出来、以前から考えていたことですが、辻邦生のあの名作の数々は佐保子さんがしっかりと辻さんを支えていらしたからこそ生まれてきたのだ、と確信しました。
元々佐保子さんのご実家は名古屋市内にあり、戦争で焼けてしまったので今の土地へ移られたのですが、名古屋のお家の図面が残っていて、それは辻さんの初期の作品である「夏の砦」に登場する家そのものでした。

軽井沢でお話をすることはかなわなかったけれど、亡くなられてからこのようにして佐保子さんの弟さんご夫妻といろいろなお話をさせていただいて、そこにまるで佐保子さんがいらっしゃるような不思議な感覚がありました。



紘弼さんが作られるランチ。
自家製のお野菜をふんだんに使われたお料理は、とっても美味しかったです。
写真がないのですけれど、メインのうちの1つ、鶏ひき肉のふわふわ蒸は絶品でした。

帰り、名古屋まで車で送ってくださり、車の中でもいろいろなお話をうかがいました。
後部座席にピンク色の可愛いクマのぬいぐるみがいて、これも高輪から?と伺ったら、佐保子さんから紘弼さんへのプレゼントだというお返事に思わず笑ってしまいました。

よい1日でした。
こんなことが起こるのだなぁと、神様に感謝せずはいられない時間でした。

後藤さまご夫妻に心から感謝を申し上げます。
初めてお目にかかったのに、我を忘れておしゃべりをしてしまいました。
このような時間を過ごさせていただいたので、また明日から頑張って生きていけると思います。
神様はまだ私を見捨てていない、そんな風にも思いました。
ありがとうございました。


辻邦生と佐保子の部屋 後藤科子工芸館
おひるね茶家 中の郷

愛知県北名古屋市中之郷南29番地
      電話 0568-21-0048

♪定休日   月曜日 夏と冬にそれぞれ1か月のお休みがあります
♪予約営業 火曜日~水曜日
♪通常営業 木曜日~日曜日 10時~3時
(おひるね茶家でのお昼ご飯「いなかごはん」は予約をなさってくださいね) 



にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
人気ブログランキングへ

参加することにしました。
ポチ!っとして下さったら嬉しいです♪
by ank-nefertiti | 2012-06-30 23:16 | 徒然 | Trackback | Comments(10)

宝物

先日、仕事から戻ってポストを見たら、大きな封筒が入っていました。
差出人は、辻佐保子さんの義妹でいらっしゃるPOCKYMAMAさん。

封筒の中に入っていたものは



辻邦生さんが1978年に軽井沢で書かれたリルケの訳詩(訳されたのは辻さんでなく山崎栄治さん)。

「コピーでごめんなさい」

とお手紙にありましたが、とんでもないです。
辻さんの自筆、ああ、こういう字をかかれたのだなぁとしみじみと拝見しました。
味のある字です。

POCKYMAMAさんも佐保子さんの実弟であられるご主人様も辻さんの書かれる字がとてもお好きだともありました。
決して達筆ではないけれど、本当によい字だと思います。

どうして私にこのような素敵なプレゼントが送られてきたのかと申しますと・・・

ある日、POCKYMAMAさんから以前私が書いた軽井沢文庫での辻邦生展の記事を偶然に見つけられて、その記事と写真を佐保子さんに送ってくださったと鍵でコメントがありました。
その時の驚き!
私のあの拙い文章を佐保子さんが読んでくださった!
そして写真を大切に「軽井沢部屋」と呼ばれているお部屋に飾ってくださっていた!

そんなことがあるのかしら・・・
生前にあれだけお目にかかりたい、お話をさせていただけたらもうこんなに嬉しいことはない、とずっと思っていた佐保子さんが、私の書いたものを読まれて「ありがたいことだわ」とおっしゃってくださっていたなんて・・・

本当に嬉しくて嬉しくて涙が出ました。

辻邦生さんは、もう何度も書いていますが私の最愛の作家です。
格調高い文章と、高い芸術性、精神性、そして「背教者ユリアヌス」を代表とする日本の作家としては稀有な長編の作品の数々・・・
そしてその辻さんをずっとご自分のお仕事もしながら支え続けていらした佐保子さん。
日本の女性の知識の最高峰にいたと言っても過言でない佐保子さんは、私の憧れの人・・・

まさか、まさかこんな風にお二人とつながる日がくるなんて・・・
夢のよう・・・

それから鍵コメントでメールでいろいろとお話をさせていただきました。

名古屋の佐保子さんのご実家に、「辻邦生・辻佐保子記念室」として、お二人の生前の写真やそのほかの大学へ行かなかったもの(辻邦生さんのものは学習院へ、佐保子さんのものは名古屋大学へ資料として収められることになりました)を展示されることになったことなど教えていただき、ああ記念室へお伺いしたい!と心から思いました。
本当は5月の連休に行きたかったのですが、母を預かることになってしまい名古屋へは行けず・・・
6月も週末は動けそうになく、7月になってしまいますが名古屋へ、記念室へお邪魔したいと思います。

お手紙には「本にでもはさんでくだれば」とありましたが、はさめません・・・
大事に、大事に保管しておきます。
たかだか一ファンである私にここまでのご厚情をお寄せくださったPOCKYMAMAさんとご主人様に心からお礼を申し上げます。

人生はいろいろとありますが、こんな風に神様はご褒美を用意してくださる。
捨てたものではないです。



にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
人気ブログランキングへ

参加することにしました。
ポチ!っとして下さったら嬉しいです♪
by ank-nefertiti | 2012-05-26 17:25 | 徒然 | Trackback | Comments(10)
昨年の年末、ブログのアクセス数が驚くほど増えたときがありました。
本当に凄いアクセス数で、なんで???と驚きました。
私のブログは、特別なアクセス解析をつけていないので(意味がないので)、アクセスしてくださる皆様がどんな理由で、どこから?は想像するしかないのですが、その時は仲良しさんのブログが炎上とまでは言いませんが、ちょっとややこしい状態になっていたときで、その絡みでアクセス数が増えたのかな?などと思ったのです。

ですが、数日、というか年が明けてもアクセス数は多く、検索キーワードもなぜ?な言葉が上位にいて、さすがに調べてみようと思いました。

去年の暮は仕事がどうなるの?という事情もあって、新聞をゆっくり読むこともなく、日々が過ぎてゆくという状態だったので、このブログのアクセス数が増えた理由がわかったのは、お正月の三が日が明けたころでした。

このことをいつ書こうか?と、イタリアへ行く前に書こうか、それとも戻ってきてから書こうか?とか考えましたが、結局今頃になってしまいました。

アクセス数が増えた理由・・・

それは、辻邦生さんの奥様であり、西洋美術史、特にビザンチン美術、ロマネスク美術の研究者としては日本の第一人者である辻佐保子さんが亡くなられたから・・・

でした。

辻邦生さんの作品の大ファンである私は、大学時代に学園祭の実行委員をしたとき、講演会に辻さんを呼ぼう!として、あちこち電話をかけました。
若いと言うことは恐ろしいことで、なんと辻さんのご自宅にも電話をかけました。
その時、電話口に出ていらしたのが佐保子さんで、若い学生の、なんとも勝手な言い分を黙って聞いて下さり、申し訳なさそうに

「ごめんなさい。どこの大学の学園祭でも講演はしないことにしているのよ。ここでしてあちらでしない、というわけにはいかないでしょう。折角ご熱心に言ってくださったけれど、お伺いすることは出来ないの」

と鈴を転がすような可愛らしい、きれいな声で佐保子さんはおっしゃいました。

それでも「渡辺先生のご縁もありますし、なんとかいらしていただくわけにはいかないでしょうか」と食い下がる、本当に佐保子さんにはご迷惑様な私に対して

「本当にごめんなさいね。渡辺先生のご縁もあるからあなたの学校だけでもとは思うけれど、こればかりはね、できないのよ」

と本当に申し訳なさそうにおっしゃいました。

それから何十年も経って、ふとしたことから知り合いになった方が、佐保子さんのおじ様である仏文学者の鈴木力衛先生のお嬢様であることがわかり、その時はもう辻邦生さんは亡くなっていらしたのですが、実は辻邦生さんの大ファンであること、卒論も辻さんであること、講演会をお願いする電話をして佐保子さんを困らせたことなどをお話しました。
その方は

「まあ!杏さん!なんで早く言ってくれなかったの!邦生さんが元気な時にこの話を聞いていたら会わせてあげたのに!」
「佐保子さんと邦生さんにはお子さんがいなかったから、私は子供のころに邦生さんに随分遊んでもらったのよ。まあ、こんな近くに邦生さん信奉者がいたなんて!」
「こんなに邦生さんの作品を愛してくれている人がいるって邦生さんが知ったら、どんなに喜んだかしら!」

と、私をまじまじと見て言いました。

「だってRさんが力衛先生のお嬢様だなんて知らなかったんですもの」

と言ったら

「そうよね、自分の父親が鈴木力衛ですなんて普通言わないものね、聞かれない限りねぇ。父は父だし、私は私だしね」

そうですよねぇ、と私も言って、お互いに残念だったと顔を見合わせたことがあります。

そして数年前の夏、軽井沢文庫での辻邦生展のとき、佐保子さんと辻家の軽井沢の家の設計をした磯崎新さんが対談をするというので出掛けたときも、佐保子さんに挨拶をしたくて並びましたが、私の2,3人前で「ごめんなさい。疲れてしまいました」とおっしゃって、佐保子さんはお帰りになってしまわれ、仕方ない、また何か機会があるかもしれない、だけどもう80歳に近い佐保子さん、持病も抱えていらっしゃる佐保子さんだから、これが本当に佐保子さんにご挨拶する最後のチャンスだったかもしれない、と気持ちが落ち着かないまま軽井沢から帰ってきたことを思い出します。

その予感は的中してしまい、私はとうとう佐保子さんとお話をすることがないまま、佐保子さんは昨年のクリスマスに一人で天国へと旅立ってしまわれました。

軽井沢での対談の折、

「辻が亡くなってもう10年が経つのに、私はまだ生きている、と思うとなんとも切ない」

とおっしゃった佐保子さん。

天国で辻さんと会われて、辻さんは佐保子さんに

「いろいろ迷惑かけたね」

とおっしゃったでしょうか。

蔵書の整理やら、全集の月報やら、佐保子さんがその後なさったご自身のお仕事とは別の辻邦生のための仕事の数々、それを辻さんは天国から見ていらして、もういいよ、とおっしゃられて、自分の傍に来なさい、宗吉も来たから、と、佐保子さんを連れにいらしたのでしょうね。

「のちの思いに」

に登場する、リスちゃん。
東大始まって以来の美学美術史の女子学生で、大学院へも進まれ、その後の中世美術の研究の世界での影響力の大きさ、教え子の多さから、佐保子さんは辻邦生の妻という顔の他に美術史研究の第一人者としての顔も持っていた、凄い人・・・

そのリスちゃんを何とか射止めようと必死だった辻邦生さん、今頃天国でさぞかし語り合っていらっしゃることでしょう。

生前に一度でよいからお話してみたかったなぁ・・・
ご冥福をお祈りいたします。。。


にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
人気ブログランキングへ

参加することにしました。
ポチ!っとして下さったら嬉しいです♪
by ank-nefertiti | 2012-02-16 22:43 | 考えること | Trackback
予定では、今日は渋谷西武へ午後から出かけるはず・・・だったのです。

ところが、TVで2000年のショパンコンクールの模様を放送しはじめ・・・
観ちゃいました^^;

で、渋谷西武は取りやめに・・・(ダブルポイント今日までだったんです・・・(;_:))



本日のお茶。





地元の美味しいパン屋さん、「ソレイユ」のこの時期のお楽しみ、マロンパイ、お茶はKUSMI TEA。
パイの中に渋皮煮が入っていて、美味しいんです~^^
もちろんパン屋さんなので、どのパンを食べても美味しい!
ケーキもうふふ、美味しいの~^^
あ~、ここ、本当に危険なお店!

TVも終わり、お茶のお友は辻邦生さんの短編集。
1986年に出版された本。
「世紀末の美と夢」という辻さんが責任編集をした集英社の全集に、1巻ずつ書き下ろしで書いた短編をまとめたものです。
この中に収められている「ミラノ 星空のメリーゴーラウンド」という作品、私はとても好きなのです。
天使のラファエルが、天使ならそんなことはありえない!という、物憂い状態に陥ってしまい、天使長のミカエルとガブリエルが、人間界にラファエルを向かわせ、天使とは何か、を理解させようと画策し・・・

辻さんは長編も素晴らしいのですが、短編も非常に上手い人で、この短編集は極上のもの・・・

涼しくなって、美味しいお菓子と美味しいお茶と、極上の本があれば、もう最高の時間です♪

TVのショパンは、ユンディ・リが優勝した年のコンクールの模様でした。
15年ぶり、つまりブーニン以来の優勝者となったユンディ・リ。
当時、この番組をみながら、まだ高校生だった娘が「きれいな音のピアニストだね~。凄いなぁ・・・」と言っていたことを思い出しました。
確かに今聴いても、彼のピアノは抜きんでています。
今日は仕事で家にいなかった娘が、この番組を今また観たらなんと言うだろうか?とふと思いました。
あれから10年経って、意外に耳が良く、厳しい評価を下す彼女にこのコンクールはどう映るだろう?

そして。。。
ショパン生誕200年の今年、9月30日からワルシャワで第56回のショパンコンクールが開催されます。
今年の参加者は81名。
日本からも17名が参加するとか・・・
17名、多いです!
なんてショパンが好きな民族なんでしょう、日本人って!

by ank-nefertiti | 2010-09-27 00:32 | 徒然 | Trackback | Comments(12)

軽井沢の不思議な家

ながーい記事を書いたのですが、なぜか消えてしまった・・・
気を取り直して・・・

軽井沢高原文庫で行なわれた、高原の文学サロンへ行ってきました。
今回も夫と一緒です~

今回は



辻邦生さんの奥様、佐保子さんと辻さんの軽井沢の山荘の設計をされた、建築家の磯崎新さんとの対談♪
この機会を逃したら、私はもう佐保子さんにお目にかかることはない!と思って、このサロンを知った時、すぐに文庫に電話をして、予約をしました。



高原文庫の裏庭、というより森の中で行なわれた対談。。。



佐保子さんと磯崎さん。。。

元々軽井沢はあまりにスノッブすぎる、とお好きじゃなかった辻さんが軽井沢に山荘を持たれた理由。
とっても面白いそのエピソードに笑ってしまいました。

たくさんの辻さんの素顔がお二人の対談からわかって、楽しい時間でした。

「リスちゃんにどうしても会いたくて富山からきたんですよ」
と私の隣に座られた品の良い老婦人がおっしゃいました。
そして、「西行花伝」は、買ってあるけれど、まだ読めていない。
なぜなら、あの作品は姿勢を正して、覚悟を決めないと読めないから・・・と。
それくらい大きな作品なのだ、とも。
辻さんに関することを色々とお話したら、よくご存知ね、と言われ、お帰りになるときに、「ありがとう、楽しかったです」と言ってくださいました。
こちらこそ!こちらこそ辻さんのお話ができて本当に嬉しかったです。
富山から軽井沢まで大変でいらしたでしょうに、リスちゃん(佐保子さんのこと)に会いたい、というその一心でいらして、リスちゃんの楽しいお話をお聴きになられて、本当によかったですね。。。

対談が終わったあと、佐保子さんにご挨拶がしたくて、列に並びましたが、私の数人前で、佐保子さんが「このあたりでお仕舞いにさせていただいてもよいかしら。とても疲れてしまったの」とおっしゃって、きちんとご挨拶できなかったのが残念でなりません。。。(夫が旧知の磯崎さんにご挨拶をするので、一緒に磯崎さんにご挨拶をしに行っていたら、長蛇の列になっていました。。。)
きっと、この会が佐保子さんにお目にかかれる最後のチャンスだった・・・

佐保子さんは私が想像したとおりの方でした。
30数年前、大学祭での講演をお願いするために、辻家へお電話をしたとき、電話口に出ていらしたときと同じ声。
講演は叶いませんでしたが、そのときの佐保子さんの言葉は今でも一言一句覚えています。

「没後10年と聞くと、とてもショックです。ああ、私はまだ生きてるんだわ、と思って」
と最初のご挨拶でおっしゃいましたが、それはきっと天国の辻さんが「僕がし残したことを全部片付けてきてね」とおっしゃっているから、まだまだご用事があるから・・・だ、と私は思います。

ああ、そんなお話をしたかったな。。。
そして、私がどんなに辻邦生という作家を愛しているか・・・も・・・



by ank-nefertiti | 2009-08-22 23:47 | 徒然 | Trackback | Comments(14)

軽井沢高原文庫

昨日、夫と二人で車をビューン!と飛ばして、日帰りで軽井沢へ行ってきました。

目的は、ここ!



軽井沢タリアセンの中にある、軽井沢高原文庫です。

ここでいま



が開かれていて、この展覧会を見るのと、高原文庫の館長でいらっしゃる加賀乙彦さんと、辻さんと旧制松本高校からの親友である北杜夫さんの辻さんの思い出を語る、高原文庫サロンへ参加することが目的でした。



森のなかに静かに佇む「軽井沢高原文庫」

ここで、10年前に軽井沢で急逝された辻邦生さんの、「豊饒なロマンの世界」と題された展覧会が開かれています。
北杜夫さんとの往復書簡、たくさんの作品の原稿、作品のメモ、子供のころの作文、松高時代の作品、パリの図書館で奥様の佐保子さんと交わしたイラスト。。。

特に原稿は、几帳面な文字が整然と並んでいて、その生き方も端正だった辻さんらしいなぁ、としみじみと見入ってしまいました。

73歳は早すぎた・・・と今でも思います。
次の長編「浮舟」の構想も練っていらして、取材旅行で京都や鎌倉へいらしたときの写真も展示されており、どんな作品になったのだろうか、ともう絶対に読むことができない、その物語に思いをはせて、しばし写真の前から動けませんでした。

高原文庫が建つタリアセンの敷地には



野上彌榮子さんの別荘や



堀辰雄さんの別荘で、のちに画家の深沢紅子さん夫妻が住んだ家も移築保存されています。

堀さんの別荘では



辻さんの親友、北杜夫さんの昆虫展も開かれていました。



高原のさわやかな風がわたる中、天国の辻さんの、あの穏やかな笑顔のようにグリーンのアジサイが咲いていました。


by ank-nefertiti | 2009-08-09 23:14 | | Trackback | Comments(13)
先日の新聞に辻邦生さんと北杜夫さんの無名時代の往復書簡が見つかった、という記事が出ていました。
そして、その往復書簡が、「新潮」の8月号に掲載される、とも。

発売日の7日、仕事の帰りに本屋さんに!



もう何度もここで書いていますが、辻邦生さんは最愛の作家です。
そして辻さんを知ったのは、北杜夫さんの「どくとるマンボウ航海記」を読んだときでした。
「どくとるマンボウ青春記」で、旧制松本高校時代を北さんが描いていて、そこには先輩として、そして同級生として共に青春時代を過ごした辻邦生が出てきます。

そんな二人は、それぞれに進学し、医学と仏文とまるで異なる学問を学び、互いを尊敬しあう人生の親友となっていきました。

この往復書簡は、辻邦生がパリに留学し、北杜夫が漁船の船医として乗り込み、その経験を航海記として世に出す直前から北杜夫が「夜と霧の隅で」で、芥川賞を受賞したのち、辻がパリから日本へ帰国するまでにお互いに交わしたものです。
そこには、文学を志す若い二人の情熱と、現実が忌憚なく綴られていて、非常に興味深く読みました。

パリから辻が北杜夫送った手紙の内容をどこかで読んだ・・・と思い、それは辻の「パリの手記」だっただろうか?と思っていたら、次の北から辻への手紙の中で、辻が書いたことを航海記で使わせてもらったよ、と書いていて、ああ、あの床屋の話は、辻から北への手紙に書かれていたことだったのか!と妙に納得もしました。

先に世に出た北杜夫が、パリで一人創作活動を開始した辻をなにくれと世話をし、辻が北に送った原稿を出版社へ持ち込んだり、それに対して辻が心から感謝していると手紙にしたためていて、損得のないひたすら互いを思いやる友情で結ばれていることが、よくわかります。

手紙の中では互いの作品についても意見を交換しあっており、北は文学の先輩として辻の作品について、細かく指導めいたことをしているのが、なんともほほえましく、それを素直に受け入れる辻の態度もさすがで、ひたすら北を文学の先輩として尊敬し、崇拝している姿に感銘を受けました。

辻邦生が作品を発表し始めて、しばらく経ったころ、辻の作品である「天草の雅歌」を直木賞に推したいと、北杜夫の知り合いの作家だか評論家だかが言ったとき、北杜夫はその相手に「バカなことを言わないでもらいたい。辻はあくまで純文学の作家だ。芥川賞の対象となる作家だ!大衆小説の直木賞だなどとんでもない!」と大変な剣幕で怒った、という話があります。
北杜夫に話をした人物は、北杜夫の剣幕に驚き、「いや、違う、あれほど高雅が物語りが直木賞となれば、直木賞に対する世間の見方も変わるか、と思ったんだ。もちろん辻邦生が純文学の作家だとうことは承知している。だけど敢えて直木賞とすることで、直木賞がもっと見直されれば、と思ったんだよ」と答えたそうです。

こんな風に互いを尊敬しあい、大切に思い、人生の変わらぬ友として、旧制高校で出会ってから辻が突然に天国へ旅立ってしまうまで続いた二人の友情が、私にはまぶしく羨ましく、感じられてなりません。

それにつけても、辻邦生のあまりに早かった死が惜しまれます。

この往復書簡は7月18日から軽井沢高原文庫で展示公開されます。
夏の軽井沢は大混雑でしょうが、この往復書簡を見に、軽井沢へ行きたい、と思いました。


by ank-nefertiti | 2009-07-11 02:18 | 読書 | Trackback | Comments(10)
京都で好きなところ・・・



木屋町あたり・・・



こんな町家や・・・





有名な料亭も・・・



なによりこの高瀬川の流れ・・・

この界隈に来ると、ああ京都へ来たんだわ、と思います。





☆高瀬川

森鴎外の小説でも有名な、京都市内を流れる疎水。
江戸時代初期に角倉了以・素庵父子によって、京都の中心部と伏見を結ぶために物流用に開かれた運河。  
江戸時代から大正9年までの約300年間京都・伏見間の水運に用いられました。
私が大好きな辻邦生さんの小説「嵯峨野明月記」に、この疎水を開いた角倉了以が主人公の一人として登場しています。
by ank-nefertiti | 2008-11-12 20:14 | | Trackback | Comments(24)

のちの思いに

1999年7月29日に亡くなった辻邦生さんが亡くなる直前まで書いていた、日本経済新聞に連載していた、回顧録ともエッセイとも、ある種の青春もの、とも言える作品です。
52回の連載予定で、51回分までは脱稿し、最終回の途中まで書いて、急逝されました。

この作品が日経に連載されていたとき、毎週日曜が楽しみでした。
「リスちゃん」という名前で登場する、奥様の佐保子さん。
あとの友人たちは全員実名で、北杜夫さんや粟津則雄さん。
そしてフランス文学の先生たちの渡辺一夫さんや鈴木力衛さん。
先輩の作家の中村真一郎さんや福永武彦さん、そして埴谷雄高さん。

若い日の東京大学での出来事や、フランスへ留学していたときのこと、そして留学から戻ってからの作家として歩き始めるまでのこと・・・
佐保子さんと結婚するまでのいきさつ。。。

その連載が1冊の本になっていたのですが、買い求める機会を失い、先日ようやく手に入れました。



再び読み返し・・・
涙、止まらず・・・
先日、佐保子夫人が書かれた「たえず書く人 辻邦生と暮らして」を読んだばかり、ということもあるのでしょうが、この日本人離れした稀有な作家が、書くことの喜びを素直に吐露していて、ああ、もっともっと書いて欲しかった、と心から思いました。。。

最終回は原稿を二つ用意してあったそうです。
この本の最後に佐保子夫人が「あとがきにかえて」と題して、その二つの書きかけの原稿を載せています。
お元気だったらどちらの原稿を使ったのだろうか、と思いをはせてみますが、凡人の私にはわかりません。
この続きを読みたかった、と残念でなりません・・・



元気だったお花見のときのミミちゃん・・・
ミミについては私が納得できたら、詳しく書きます・・・


by ank-nefertiti | 2008-05-17 00:43 | 読書 | Trackback(2)
XML | ATOM

skin by excite