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イタリア大好き!な働く主婦が綴る日々の雑感、独り言♪                HN 杏

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運気

先日、この方のところで素敵な情報を拝見しました^^

そうか、午年って、運が開ける年なのね!

で、お財布を新調するにはもってこいの年回り?

しかも私は午年!

なら新調しなくては!!!

ということで、よいというならすぐに!がモットーのわたくし^^

お出かけのついでにお財布を新調しようとデパートへ~

色々と見たのですが・・・

この子が私を呼びました^^

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お値段的には迷ったのですけれど、運気を上げるんだものね、気に入ったものがよいわ!と自分を納得させまして(苦笑)

色も迷いました。お財布の運気を上げるには金色がよいと言われるし・・・
金色(といってもキンキラキンではないです~)もあって、どうしようかなぁ?と思いましたが、金色が意外と地味で、このメタリックのグレイッシュピンクの色に惹かれて、こちらにしました。
こういう色ってなかなか出会えないですから~^^

ここ2年ほどの私の周りに漂う「負」の空気を一掃したい、常に「正」の空気をまとっていたい、そんな思いもあって、今年は縁起を担ぐことにしました~^^
これまでそういうことに無頓着できたのですけれどね、よいと言われることをすることで、自分自身が気持ちをしっかり持てるなら!と♪

節分の翌日から使おうと思っていたのですけれど、色々と調べてみたら3月8日からがよい、ということがわかりまして・・・
とことん縁起を担ぐことにしたので、3月8日から使います!

何しろ午年です!
すべてうまくいく・・・という午年!
今年は私の年よ~!
上手く行かなくてどうするの~!と強い気持ちで、今年は生きていくことにしました^^

だってね・・・

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「金の山」

お正月にカッラーラのkazuちゃんがメールで送ってくれました。

お正月に「金の山」!

だからね、今年は良い年になるの!とカッラーラの山がささやいてくれるようで、とても嬉しかったです。
kazuちゃんの優しさも胸に沁みました。

さて、2月になりました。
節分から運気がかわるのよ、と仲良しさんが教えてくれました。
強気で行きます!
還暦ですからね、人がどう思おうと、私の人生ですから、思うようにいきます~^^
後悔は・・・絶対にしたくないの!!!
by ank-nefertiti | 2014-02-03 00:17 | 徒然

花づくし

先週はドライアイに悩まされ、仕事でPCを使わないわけにはいかないので、帰ってきてからもPC画面を見る気になれず、たまったメールを処理するだけで立ち上げてもすぐにシャットダウン!

そんなことをしているうちに・・・

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なんと・・・
庭の桜が咲いてしまいました!
まだ3月中旬です。
いくらなんでも早すぎ・・・
今年はとても寒かったのが、急に暖かくなって、桜はきっと焦って咲いたに違いありません。

そして今日はJoe'shouseでアレンジレッスン^^

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春らしくチューリップやアネモネを使ったアレンジ♪

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今回のアレンジの隠れた(?)主役は、この可愛らしいハート型の箱。
こういう小物を一体どこで探してくるのでしょうね?

ただ、今回は思いのほか難しくて、最後は???で終わってしまいました。
なんとか形にしたけれど、やはり頭も身体も疲れているときにはよいアイデアは浮かんできませんね・・・

4月には少し落ち着いた状態でお稽古できるかしら???

そして・・・
2年目の3月11日を迎えました。
色々と思うことはありますが、何も言うまい、と決めました。
TVも新聞も日ごろは忘れたようなのに、3月11日が近付いたら、我も我もと記事にして・・・
それが悪いとは言いませんが、違和感を感じます。
私は今、生きて仕事もさせてもらっている、そのことに感謝して、そして日々あの日のことを胸において暮らしていこうと思います。
いえることはそれだけ・・・
岩手日報の3月4日付けの紙面に宗教学者の山折哲夫さんが3月11日の大震災について寄稿されています。
その中に「抜け落ちた東北地方」という一文があって、まさしくそうだと思いました。
あの大震災のその後の状況について、何か違ってきている、そんな風に思うのは私だけでしょうか。


♪お知らせ
今年、まさかこんなに忙しい事務所で仕事をすることになろうとは思ってもいませんでした。
毎年開いてきたお花見、いつも2月半ばからいろいろな準備を始めて、当日までああでもないこうでもないとバタバタして開催していました。
去年もでしたが、今年は去年以上に余裕がなくて、おまけに桜はいつもより2週間も早く咲いてしまい、とてもお花見の宴を開く状況にありません。
10年以上続いていた我が家のお花見ですが、今年もお休み致します。
来年開催できるかどうか、微妙ですが、出来るといいなぁ、と思っています。


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by ank-nefertiti | 2013-03-17 23:39 |
あと2日で今年が終わろうとしています。

2012年、私にとって一刻も早く過ぎてしまって欲しい年でした。

いろんな意味で、辛く悲しい年でした。

大事に思ってきたものが、するりと手から逃げていく、そんな気持ちにもなった年でした。
私は今まで何をしてきたのだろう?ととても悲しく思ったこともありました。

仕事が2度変わりました。
2度目に変わった仕事は、望んでいた仕事でしたが、その事務所に慣れるまで、というよりも今も慣れたとは言えませんが、とにかく自分の立ち位置を確認できるまで、とても時間がかかりました。
途中で何度もくじけそうになり、本来こんな仕事をするためにここへ来たんじゃないのに、ともとても悲しく思う日々が続きました。
そんな気持ちを吹っ切るまで、9月の半ばから11月の終わりまで2か月かかりました。
吹っ切ってからは、与えらた仕事をひたすら黙ってこなす日々が続いて、どういうわけか1月からは今までと待遇が変わります。(私は待遇でなくて仕事の内容を替えて欲しかったんですが・・・)

このご時世ですから、普通なら定年間近の人間をその待遇にしてくれることは、とても有難いことで、また1月から私が本当にやりたい仕事をさせてもらえるように頑張ろうと思います。

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早く終わって!と思った1年でしたが、とても嬉しかったこともありました。

それは、尊敬してやまない、私の永遠の憧れの人でもある故辻佐保子さんの弟さんご夫妻と親しくさせていただけたこと。
私のブログに弟さんの奥様であるPOCKYママさんがたどり着いてくださって、軽井沢で写した写真を佐保子さんに届けてくださっていたことも初めて知って、佐保子さんが「ありがたいことだわ」とおっしゃってくださっていたこともうかがって、涙が出るほど嬉しかった・・・
名古屋のおひるね茶家へ出かけて、生前の辻さん、佐保子さんのお話をうかがえたことは、この辛い1年の中で本当に嬉しく、有難いことでした。
後藤さまご夫妻の温かさと優しさは、一生大事にしてゆきたい大切なものです。

そのほかにも楽しかったこと、嬉しかったこと、ありがたかったこと、辛かった1年とはいいながら、たくさんあって、収支ではどちらにも振らない1年だったのかもしれません。
辛かったとき、そっと支えてくれたお友達の優しさがあるから、収支はプラスだったと言えるかも・・・

ただ・・・
1年の終わり近く、11月18日の夕方、私がお花のお稽古から帰ってくるのを待つように、21年間我が家のアイドルだったミーが、その命の炎を静かに消したことは、我が家にとって、私にとって、覚悟はしていたものの辛く悲しい出来事でした。

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天国では癌で断脚した右後ろ脚も以前のように戻って、元気で走り回っていると思います。

最後までミーを手厚く診てくださった動物病院の先生がた、看護師さんたちが、「寂しくなります。ミーちゃんのような子はそうはいないので。。。アイドルでしたから、病院の」と言って下さって、ミーは誰からも愛された幸福な猫だったのだ、と慰めになりました。


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冬になって、庭の薔薇が咲きました。
ミーはお庭に眠っていますが、冬の薔薇は、ミーが咲かせているのかもしれません。

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病院からとたまたまその日病院で会ったお友達がミーへと贈ってくださったお花は、約1か月otosanの書斎で咲き続けてくれて、それもミーが「寂しくないでしょ」と天国から計らってくれたことなのかも・・・
最後まで良い子だったね、ミーちゃん・・・


来年は、今年以上に忙しくなることは今から見えていて、ブログもどこまで更新できるかわかりません。
書けてもコメント欄をどこまで開けられるか、そして皆様のところへお邪魔できるかわかりませんが、ここで仲良くさせていただけたみなさまと、来る年も今までと同じように仲良くさせていただけたら嬉しく思います。

どうぞよいお年をお迎えくださいませ。

そして来年がみなさまにも私にも良い年になるよう、心から願ってやみません。

追記

今年は今の事務所に仕事が変わってから、ほぼ毎日残業で、仕事納めの昨日も残業で終わると言う状態でした。
それが理由だとは言ってはいけないのでしょうが、年賀状を今年は準備できませんでした。
11月にミーが天国に行ってしまったこともあって、家族全員が年賀状を書く気持ちになれなかったともいえます。
そんなわけで、来年のお正月に我が家、もしくは私からの年賀状は皆様のお手元に届きません。
ごめんなさい。



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by ank-nefertiti | 2012-12-29 22:44 | 徒然

とらば~ゆ♪

突然ですが転職することになりました。

8月に採用募集があり、履歴書を送った事務所から、書類審査を通過したので一次面接に来て欲しいと連絡があり、27日に面接を受けに行きました。

所長弁護士と面接をしたのですけれど、面接の最後に言われたのが

「今回は360名ほどの応募がありました。そこから書類審査で60名に絞り面接をしています。この面接でまた20名ほどに絞り、最終的に2名採用する予定です」

ダメだわ・・・
そもそも60名に残ったこと自体奇跡よ・・・

と思いながら家に帰ってきて、otosanにも「ダメだと思うわ」と言いました。

そうしたら!
翌日、連絡があって「正規ではないけれど、仕事をするお気持ちはおありですか?」と言われました。
びっくり!
この際、正規だろうがアルバイトだろうがよいのです、パラリーガルで仕事ができれば!

そして先週、最終面接に出かけたのですが、その時の感触が・・・これまたダメかも・・・
待つこと一週間、今日、採用の連絡がありました。
思わず「本当に?本当にお仕事をさせていただけるのですか?」と聞いてしまいましたよ・・・

連絡をくれた事務の方は「はい、もちろんです!」と笑いながら言いました。
私、凄く興奮していたのだわ>苦笑

今の仕事は、申し訳ないですが辞めます。
というか最終面接まで行っていることはお仲間たちには話してあります。
みなさんが「決まればそちらへ行くべき。そうするべき!」と言ってくれました。
有難いお仲間に恵まれたと思っています。
あ、チーフには言っていませんが・・・
月曜日に言います。
何を言われても、もう私の年齢でこのようなお話があるとは思えないですから、たとえ罵詈雑言を浴びせられても辞めます。
一度しかない人生だから、自分の手でつかんだ幸運は絶対に手放さない、と固く心に誓いましたから・・・

私の行動を非難する人もいるかと思います。
自分勝手だと・・・
それでもよいの。
新しい仕事に就いて半年、いつも誠実に仕事をしてきた、と私は思っていますし、それを仲間たちは見ていてくれて、今回「そちらへ行くべきよ」と言ってくれましたから。

パラに戻りたい、と思っていましたが、途中で諦めようか?と思ったこともありました。
かなりの数の履歴書を送りましたが、全部の事務所から「今回は・・・」という連絡があるか、無しのつぶてだったから・・・

そんな時、イタリア語の先生のERIKAが

「杏、何であきらめるの?杏はもっと自分に自信を持ちなさい。杏が今まで頑張って身につけてきたものは誰にも負けないものがあると私は思う。それを諦めることは、自分を裏切ることだよ。履歴書だって100通くらい送ってみなくちゃ!たかだか10数通で諦めるのはよくない!」

この叱咤激励が、私に諦めちゃいけない!という思いを強くさせました。
だから、今回のことはERIKAのおかげでもあります。

人間、諦めたらお終いなんだなぁとつくづく思いました。
強く願っていれば叶うのだなぁとも。

この再就職のことは、以前の事務所の勤務弁護士のtori先生とkamo先生にはご連絡をしました。
お二人からは、おめでとうとまた同じ業界で仕事が出来ることは本当に嬉しいというお返事をそれぞれからいただきました。
それも私にはとても嬉しかった・・・

初心に帰って頑張りたいと思います。

さて・・・あとは宝くじだわ!>爆


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by ank-nefertiti | 2012-09-07 23:02 | 考えること

復興というゴールへ

otosanが「ふるさと大使」を務める岩手県から届いたポスター。

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Jリーグ鹿島アントラーズ不動のキャプテン、小笠原選手。
去年の震災の後、小笠原選手はJリーグに所属する東北出身の選手たちに呼びかけて、東北人魂を持つJ選手の会、「東北人魂」を発足し、被災地への支援を行っています。

所属するアントラーズの選手たちも彼に協力して、夏休みには被災地へ出かけ、サッカー教室を開いたり、子供たちとゲームをしたりしました。
ブンデスリーグシャルケでプレーする内田篤人選手も、内田選手の仲良しの今季からプレミアリーグでプレーをする吉田麻也選手も小笠原に共感して、リーグ終了後の貴重な休みの時間であるにもかかわらず被災地へ出かけてくれました。

小笠原選手が岩手大船渡の高校時代の級友たちと進めているプロジェクト「東北人魂・岩手グラウンドプロジェクト」。
震災で運動をする場所や、行事をする場所を奪われた子供たち、市民の方たちのためにグラウンドを作ろう!というプロジェクトです。

夏休み、カシマスタジアムで行われたJリーグ主催の「東日本大震災復興支援 2012 Jリーグスペシャルマッチ」でも、アントラーズの選手、試合に出場する東北人魂の選手たちが、スタジアムのコンコースで募金活動を行っていました。

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募金活動中の小笠原選手。
娘がというより岩手大好き!な我が家は全員が彼のファンです。
なので、もちろん募金をしてきました^^

この夏、娘が盛岡の幼馴染のkayoちゃんのお家へ遊びに行き、「LIGHT UP NIPPON」の花火大会のお手伝いで三陸の山田町へ出かけましたが、去年と何も変わっていない状況に茫然としたそうです。
「神戸のときは1年経ったらかなり復興していたよね。なんで東北は何も進んでいないのだろう?おかしいよね」と帰ってきてから憤然とした表情で言いました。

このポスターは、アントラーズの練習場で撮影されていますが、バックにかすかに瓦礫の山が写っているのがおわかりになりますでしょうか?
茨城も被災地であり、瓦礫はいまだにこのように手つかずで残っています。

東北の方たちが常に言うのは

「忘れられるのが一番怖い。」

こもポスター、娘の勤務先に貼られました。

大丈夫、忘れないから。
ちゃんと東北が復興するまで、見届けるから。

日々、忙しく暮らしていて、ついつい自分事だけでいっぱいになる私ですけれど、昨日もkimmyさんから岩手の現状などうかがって、こうして折に触れてブログに記事を書くことで、被災地への思いを届けることができれば・・・と思います。

そう、「復興というゴールへ」向けて!




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by ank-nefertiti | 2012-09-06 20:42 | 考えること

慰労会その2

昨日、前の仕事場の勤務弁護士tori先生とtori先生の前の勤務弁護士のkamo先生(2人は東大の同級生。kamo先生が独立するので、その年に弁護士登録したtori先生を紹介してくれたのです)が、私の慰労会をしてくれました。

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バルバッコアグリル青山店
ブラジル料理のお店で、サッカー選手やその他のスポーツ選手が数多く訪れるので有名です。
日韓W杯のときはセレソン達が押し寄せました^^

tori先生が「ここにしました」とメールをくれて、娘にバルバッコアだって!と言ったら「美味しいんだって!」と言いました^^

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まずはサラダバーでお皿いっぱいのサラダ^^

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そうこうするうちに様々なお肉を持った店員さんがテーブルを回ってきます。
全部で17種類あるのだとか・・・
かなりの種類を食べましたよ^^;

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ほんの一部です。
焼きパイナップルが最高に美味しくて3人とも3回もおかわりしちゃいました。
胃を落ち着ける効果があるみたいで、これを食べるとまたお肉が入る、という感じでした。
これでもか!という位にお肉を食べました^^;
ここはお肉好きにはたまらないお店だと思います。
ですが、私、もう当分お肉はよいです^^;

飲みながら食べながら、久々にアカデミックな会話^^
今の事務所の様子もtori先生から聞きました。
私のあとに入った事務職は、1か月で耐えられなくて事務所を辞めたそうです。
ストレスから蕁麻疹がひどくなり、ギブアップしたのだとか>苦笑
次の月曜からまた新しい人が来るそうです。
実務10年のベテランだそうですが、問題はあの特殊な環境に耐えられるかどうか・・・です^^;

2人の弁護士さんはとても真っ当な方たちで、以前から私にとても同情してくれていました。
私がクビだ!と言われたときも、お二人とも「信じられない」とおっしゃっていました。
特にkamo先生は独立した後、実務についてすべて聞いてこられたので執行関係やら相続の書類の揃え方など書式や一覧表をメールでお送りしたりしていたので、いつもいつも感謝していますと言ってくださって私はこういう弁護士さんの下で仕事がしたかったなぁといつも思いました。
tori先生も私が在職中は本当によくしてくださって、知人の訴訟も本当に頑張ってくださって(事務所には紹介したくなかったのでtori先生に個人的にお願いしたのです)どれだけ有難かったかしれません。
私が辞めるということになったとき、

「困ると思うんですよ。ここはそんじょそこらの事務じゃ務まりませんから。いろんなことをやらなくちゃならないし、まずは所長の気分次第の様子に付き合わなくちゃならないんですから。若い人じゃ無理だと思いますが。所長にはそんなことがまるで分っていないんですよねぇ。わかっていたら杏さんを辞めさせるなんてことはしなかったと思います。」

と言ってくれて、ああ一人でもちゃんとわかってくれる人がいたんだ!とちょっとホッとしたことを思い出します。

仕事の話もいろいろと聞いて、たった3か月でクライアントの状態がそんなに変わったんだとびっくりもしたり・・・
私が最後にやった法人破産も無事に終結したそうで、安心しました(突っ込みどころ満載の破産事案だったんです。頑張って申立書を作成した甲斐がありました)。

そういう話をしていると、ああ本当に私はこういう頭を使う仕事が好きだな、したいなぁと切実に思いました。
今の仕事も楽しいですが、あくまで補助作業ですから、私が何かを考えてするということはありません。
それが私には辛いし悲しい。
知的労働をしたい、とお二人に訴えましたよ・・・
kamo先生が「いつもね考えているんですよ。どこかよいところにご紹介できないかなって。一つあるんですが、そこは確実に欲しいと言うと思うんですけれど、ちょっとひっかかることがあって踏ん切りがつかないんですよね。でももう少し待っててくださいね。ご期待に添えるかどうかわかりませんが探してますからね」と言ってくださいました。
tori先生は勤務弁護士ですからね、期待はしていないんですけれど、それでも独立されるときは声をかけてくださいねぇ!
もう絶対に損はさせませんから~

楽しい時間でした。
???な弁護士が多いですけれど、このお二人は非常に真っ当な弁護士さんです。
色々な法律相談もされていますし、tori先生は東大の後、コロンビア大を卒業しMBAも持っているという方なので外国人の問題(大抵はオーバーステイですが)もよく担当されていました。
そのたびにいろいろな話を聞かせてくださって、私の知的好奇心は大いに満足させられた、というか知識が広がったというか・・・
いろんなことを知りたいと思う私には最高の環境でもありました。

歳をとったからといって、この知りたい、学びたいという気持ちがなくなるということはありません。
法律事務という仕事は、そんな私には願ってもいない仕事でもありました。
法律は生きているので、日々勉強だったことは間違いないのですから・・・

ホント、どこかないかな~
若い人ばかりでも、おばさん大丈夫なんだけどな~^^;

などと思った昨日の慰労会第二弾でした。

最後にお二人が私におっしゃった言葉

「しかし、18年近く仕事をしていた人が辞めるというのに送別会も慰労会もしなかったって・・・なんてことでしょう!あり得ないですよ!」

だからね、私は口には出さないけれど、いつも思っています。

「これだけ人を踏みつけにしたんだからね、いつか当たるよ君に天罰!」

って、この言葉は私が作った言葉でなくて、なかよしのさっちゃんが以前の会社を辞めるときに言っていた言葉です^^;
はは、そうでも思わないとやってられません、はい・・・


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by ank-nefertiti | 2012-06-16 21:55 | 徒然

Che Sará!

5月も後半に入りました。

時間の経つのは早いです。

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庭の蕾だったバラが

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華やかに咲きました。

色々と思うことはあるけれど・・・

ひたすら前を向いて歩くしかない・・・

後ろは見ない(反省しない、ということではありません)。

昨日はドライフラワーのアレンジのお稽古でした。

一応後期分も申し込んでありますが・・・
どうしようかなぁ・・・
昨日のお稽古で作った作品も、もう置くところがありません。
うっかり飾るとちびたが飛んできて、おもちゃにしてしまいますから~
うーん・・・
みなさん、どうしていらっしゃるんでしょうね、作品?

イタリア語は、相変わらず話せません。
先生が言うには、翻訳が得意な人はなかなか話せるようにならないのだとか。
右脳と左脳の違いだそうです。
翻訳が得意なんて言えるほど伊文和訳が出来るわけではないけれど、話すよりは楽^^
訳す宿題が出て、きちんとしていくと、いつも「完璧!」と褒めてもらえます。
私はイタリア語でしゃべりたいんだけどな~

仕事は、やはりパラの仕事がしたい・・・
今の仕事に就いてからもあちこちの法律事務所に履歴書を送りました。
もうね、藁をもつかむ思いで>苦笑
全部撃沈・・・
年齢的に厳しいのは承知しているんだけど・・・
あ~、もうどこでもよいから雇って~
自分で言うのもなんだけれど、かなり出来るパラよ、私~^^;

ま・・・いいか・・・

なるようになるかな・・・
Che Sará!



歌っているのはイタリアの歌手、Patrizio Buanne 。
私、この人かなり好き^^

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by ank-nefertiti | 2012-05-22 00:16 | 考えること

40年

今から40年前。
私は高校生でした。
公立高でしたが、そこになぜか沖縄出身のクラスメートがいました。
大越境入学!と思っていたら、中学3年から東京へ出てきて都立高を受験したということを聞き、あ、それならありだわ、と納得しました。

当時、というかそのクラスメートと同じクラスになったころは、沖縄はまだアメリカの統治下にありました。
戦後から何十年も経っているのに・・・です。

そして、同じクラスになった5月に沖縄は日本に返還されました。

TVで当時の佐藤栄作首相が涙を流して「記念すべき日だ」と言っているのを見て、沖縄の人たちはこのことをどう思っているのだろう?とふと思ったことを思い出します。

というのも、M君というクラスメートが沖縄が返還される日が近づくにつれて

「どうなるのかなぁ・・・アメリカ軍の基地に頼って生きている人たちも多いから。うちもそうだし」

と言っているのを聞いていたから・・・でもあるのですが。

あれから40年経って、沖縄にはいまだにアメリカの基地があり、さまざまな問題を抱え、何も解決されていないという事実。

一度だけ訪れた沖縄で、嘉手納基地の前を通った時、離発着を繰り返すアメリカ軍の戦闘機の轟音に、ここではまだ戦争が行われているのだろうか?と思い、その後訪れたひめゆり部隊の記念館で見た少女たちの写真や手紙に、日本が沖縄に強いてきたもののあまりの過酷さにただもう茫然と立ち尽くすしかなかったこと・・・

そしてそれが今も沖縄では続いているということ。

東京の繁華街での若い人たちへのTVのインタビューで、彼らがあまりにも他人事で、何も知らないということにも愕然としました。

「沖縄って遠くて。もっと近かったらいろいろと考えるのかもしれないけど。所詮他人事?」

という話を平然とする若い人たちに、ああこれでは沖縄は永遠に救われない、と悲しく思いました。

確かにアメリカ軍の基地があって、そこで働く日本人も多く、米兵を相手にしているお店も多くある、という事実と、その基地がもたらすたくさんの問題。
今も頻繁に起こる暴行事件、飛行機の墜落、その墜落で命を落としたたくさんの沖縄の方たち。

アメリカ軍の基地を県外へ、と大風呂敷を吹いて大量の票を得た民主党というか当時の党首の鳩山由紀夫。
でも、何もできなかった。
ただただ沖縄の方たちへ期待を持たせ、そして絶望の淵へ追いやっただけ。
基地の問題は、一筋縄ではいかない、ということをわかっての県外移転の発言だったのだろうか?となんとも発言の軽い鳩山某だけに私は、ひたすら思いつきで言ったとしか思えないのだけれど、どうなのだろうか。

基地を移転させるなら、そこで働く日本人の次の職をどうするのか、また基地があって成り立っている商店などは基地無き後の店の存続はどうなるのか、などの経済的な問題と、米兵による暴行事件や交通事故、飛行機の騒音問題、墜落事故などの平和国家であってはならないことが起こるという問題。

そういうことを全部考え抜いての発言だったのだろうか?と大きな疑問が残ります。

期待だけ持たせて、何もできませんでした、では、戦後何十年も耐え、今もさまざまな複雑な思いを抱えて生きている沖縄の方たちに対してあまりにも酷くはないか?と思います。

本土にもアメリカ軍の基地はあります。
東京近郊では神奈川の厚木、そして横須賀。
去年訪れた長崎の佐世保にもアメリカ軍の基地があります。

それらも一緒に考える、そういう試みがあってもよいのではないか?と思いますが、それは素人の安直な考えでしょうか。

ちょっとM君に今どう思うか聞いてみたいです。
とは言うものの・・・
卒業クラスの3年9組、同窓会名簿を見ると・・・
なんと行方不明者の多いことかしら!!!
凄く仲の良かったクラスなのに、なんでこうなったんでしょうかね?
あら!高校だけでなく、中学も小学校も卒業クラスの名簿を見ると、行方不明者がなんと多いことよ!

あ、最後話がそれてしまいました^^;

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by ank-nefertiti | 2012-05-17 23:22 | 考えること

リーガル・ハイ

今日から始まったフジTVのドラマ「リーガル・ハイ」

主演が堺雅人だというので、観ました^^(好きなんですよ~、堺雅人~。お芝居断然上手いです♪)

3月までの私の仕事場が舞台です。
まあ、荒唐無稽といえばそれまで・・・なんですが、面白かった!!!

勝つことしか興味がない弁護士に、「じゃあ私たちの存在意義はなんなんです?」と詰め寄るまだ純粋な若い弁護士。
この二人の丁々発止ぶりが小気味よくて、法廷での様子も、これはないなぁと思いながら、惹きつけられてみてしまいました^^;

こういうドラマを見ると・・・
やはりパラで転職したかったなという思いがむくむくと頭をもたげてきます。

やはり・・・パラは私には天職だったんだな、と思いました。

新しい仕事は、とても面白く、へえ!なこともたくさんあって、それはそれで人生の幅が広がってよかったのですが、だけど・・・やはりパラの仕事がしたい~!

はあ・・・どこかにないかしらん・・・(ないよね・・・)

で、またぞろイタリア病・・・
なんでここまでフィレンツェが好きなんでしょうか???
録画してあるTV番組を仕事から帰ってきてから観ていますが、なんでだか涙が出る・・・

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だって、本当にきれいなんですもの。

私、絶対に前世は、フィオレンティーナ~♪



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by ank-nefertiti | 2012-04-17 22:51 | 徒然

報道の在り方

昨日、3月11日、TV局各局はこぞって1年前の大震災の特集番組を放送していました。
新聞も各紙特集を組んでいました。

敢えてTVは見ないという方もいらしたと思います。
敢えて新聞は読まなかったという方もいらしたと思います。

私は敢えてみました。
民放も国営放送も。

民放は演出するだろうな、こんなときでも彼らは視聴率が大事だし、と思って、そちらはチラチラと>苦笑
主に見ていたのは国営放送の方です。

唖然としました。

あの日、仙台と石巻を結ぶ仙石線の電車が走行中に地震が起きてストップ。
海岸線沿いを走る路線ですが、たまたま停まったところがかなり高台で、津波の被害からは辛うじて免れましたが、停電で、その車両には60名以上の乗客が閉じ込められました。
真っ暗ななかで何の情報もないままに一晩を過ごし、翌日ようやく救助された乗客たち。
昨日の放送で、その乗客の中から2名の女性を選んで(どんな基準で選んだのか知りませんが)、閉じ込めれた車両に再び乗せて、インタビューをしていた!

「どこにいたんですか?」
「車内はどんな様子でしたか?」
「怖くなかったですか?(怖かったに決まってるだろうに!)」

女性二人は普通に答えていましたが、かなり私は違和感がありました。

そして、今度は福島で漁に出て、地震が起き、津波があって港に帰れず、沖合を漂流していたときに、福島第一原発の爆発を目の当たりにし、海上自衛隊に救助された男性を、その漂流していた船と見立てた薄暗いセットに座らせ、これまたインタビューしていた!

なんでそんなことをする必要がある?
普通にスタジオに呼んでインタビューすればよいじゃないの?

それじゃあインパクトがないから?

そういう問題?

なんで事実だけを淡々と放送しないのだろう?
なんでこんな演出をしなくちゃいけないんだろう?

otosanが常々言います。

「被災地を見世物にだけはしてくれるな」

未曾有の災害で、ボロボロになっている被災地。
そこに暮らす人々。

その現状を淡々と報じるだけでも、かなりの衝撃であることは誰の目にも明らかなのに、昨日のTV放送はこれでもか!という位に演出過剰だったと思います。

なにか報道の意味を勘違いしていないか?と思いました。

昨日の各TV局の報道の仕方は、被災地を「見世物」にしていました。

より過激な写真、より過激な話題、より過激な出来事・・・
競うように画面に出しては消し、出しては消し・・・
バラエティ番組じゃないんだから!

民放ならいざ知らず、我々の税金と視聴料で経営されている国営放送(敢えてそういう)までが演出ありきの放送をしていたということに、激しい怒りを覚えます。

真の報道とは、事実を客観的に報じることです。

そこに演出があってはならないと、私は思います。
ええ、TVだけでなく新聞にも言えます。

報道に「やらせ」があっては絶対にならないのですよ。

「やらせ」で記事を書く記者がいたとしたら、恥を知れ!と言いたい。
真のジャーナリズムからは程遠い、似非であると、似非ならペンを折れ!と言いたい。

いやしくも報道の世界に身を置くのであれば、己を律して仕事をせよ!と言いたい。
その映像が、文章が、どれだけの影響を社会に及ぼすのか、それを常に胸において仕事せよ!と言いたい。

その覚悟がないのであれば、報道の世界からとっとと身を退きなさい、と言いたい。

otosanではないけれど、「被災地を、1年経ってもなにも変わっていない、瓦礫の山のままの被災地を見世物だけにはしてくれるな」と強く思います。

事実だけ、現実だけ、きちんと報道してくれること、その情報を基に、私たちが出来る支援を考えることができる、そういうものこそが、真の報道の姿である、と昨日のあまりに酷かった震災の特集番組を見ていて思いました。

追記です

家に届けられる岩手日報、そこにはさまれていた特別版です。

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敢えて明るい紙面を作っていて、胸に迫るものがあります。

話しはまるで変わりますが・・・

宮城から帰ってきた娘が、いつになく口が重く、多くを語ろうとしなかったこと、大学時代に家庭教師に行っていたお宅は、亘理の海側で、駅に降り立ち、海側へ目を向けたとき、かつての光景とあまりに違うその様子に、どうしても家庭教師をしていたお宅のある海側に足が向かなかった、向けられなかった、とだけ話してくれました。

学生時代によく友人たちと出かけた荒浜にも行けなかったと言いました。

かつてそこに暮らしたことがある人間にとって、思い出の地があまりに変わり果ててしまった姿を目にしたとき、言葉もなく立ち尽くし、黙り込むしかできないのだろうな、と娘の様子を見て思いました。

それでも、そこから立ち上がり、ひたすら前を向いて歩き始めている被災地のみなさまには、本当に頭が下がり、私たちが感傷的になってはいけない、わずかではあるけれど、本当わずかではあるけれど、被災された皆様に本当の笑顔が戻るまで支援の手を差し伸べていきたい、常に心を向けていたい、それが生きている私に出来る最低限のことだと思っています。


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by ank-nefertiti | 2012-03-13 00:53 | 考えること