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イタリア大好き!な働く主婦が綴る日々の雑感、独り言♪                HN 杏

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復興というゴールへ

otosanが「ふるさと大使」を務める岩手県から届いたポスター。

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Jリーグ鹿島アントラーズ不動のキャプテン、小笠原選手。
去年の震災の後、小笠原選手はJリーグに所属する東北出身の選手たちに呼びかけて、東北人魂を持つJ選手の会、「東北人魂」を発足し、被災地への支援を行っています。

所属するアントラーズの選手たちも彼に協力して、夏休みには被災地へ出かけ、サッカー教室を開いたり、子供たちとゲームをしたりしました。
ブンデスリーグシャルケでプレーする内田篤人選手も、内田選手の仲良しの今季からプレミアリーグでプレーをする吉田麻也選手も小笠原に共感して、リーグ終了後の貴重な休みの時間であるにもかかわらず被災地へ出かけてくれました。

小笠原選手が岩手大船渡の高校時代の級友たちと進めているプロジェクト「東北人魂・岩手グラウンドプロジェクト」。
震災で運動をする場所や、行事をする場所を奪われた子供たち、市民の方たちのためにグラウンドを作ろう!というプロジェクトです。

夏休み、カシマスタジアムで行われたJリーグ主催の「東日本大震災復興支援 2012 Jリーグスペシャルマッチ」でも、アントラーズの選手、試合に出場する東北人魂の選手たちが、スタジアムのコンコースで募金活動を行っていました。

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募金活動中の小笠原選手。
娘がというより岩手大好き!な我が家は全員が彼のファンです。
なので、もちろん募金をしてきました^^

この夏、娘が盛岡の幼馴染のkayoちゃんのお家へ遊びに行き、「LIGHT UP NIPPON」の花火大会のお手伝いで三陸の山田町へ出かけましたが、去年と何も変わっていない状況に茫然としたそうです。
「神戸のときは1年経ったらかなり復興していたよね。なんで東北は何も進んでいないのだろう?おかしいよね」と帰ってきてから憤然とした表情で言いました。

このポスターは、アントラーズの練習場で撮影されていますが、バックにかすかに瓦礫の山が写っているのがおわかりになりますでしょうか?
茨城も被災地であり、瓦礫はいまだにこのように手つかずで残っています。

東北の方たちが常に言うのは

「忘れられるのが一番怖い。」

こもポスター、娘の勤務先に貼られました。

大丈夫、忘れないから。
ちゃんと東北が復興するまで、見届けるから。

日々、忙しく暮らしていて、ついつい自分事だけでいっぱいになる私ですけれど、昨日もkimmyさんから岩手の現状などうかがって、こうして折に触れてブログに記事を書くことで、被災地への思いを届けることができれば・・・と思います。

そう、「復興というゴールへ」向けて!




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by ank-nefertiti | 2012-09-06 20:42 | 考えること

プリンセスプリンセス

今日の情熱大陸は、今年1年だけの限定で再結成される、「プリンセスプリンセス」♪

解散してから音楽活動を続けていたのは、中山加奈子さんだけ。
他のメンバーは結婚してお母さんになっていたり、音楽学校で教えていたり・・・

そんな彼女たちが、昨年の大震災で何かできないか、ということから、プリンセスプリンセスとしてチャリティーコンサートをすることで、その収益を被災地へ寄付したいと期間限定で再結成することになり、まずは第一弾の3月20日幕張メッセでのライブへ向けて活動を開始した様子を放送していました。

好きなんですよね、プリプリ^^

今日から11月、12月のライブのチケットの先行予約が始まりましたが、武道館はアクセスしたときには予定枚数は販売終了になっていて、東京ドームは抽選^^;
はあ・・・
行きたいけど、無理かな~

彼女たちのたくさんの名曲の中で、一番好きなのが、これです^^



生で聴きたいです~

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by ank-nefertiti | 2012-04-08 23:39 | 音楽

報道の在り方

昨日、3月11日、TV局各局はこぞって1年前の大震災の特集番組を放送していました。
新聞も各紙特集を組んでいました。

敢えてTVは見ないという方もいらしたと思います。
敢えて新聞は読まなかったという方もいらしたと思います。

私は敢えてみました。
民放も国営放送も。

民放は演出するだろうな、こんなときでも彼らは視聴率が大事だし、と思って、そちらはチラチラと>苦笑
主に見ていたのは国営放送の方です。

唖然としました。

あの日、仙台と石巻を結ぶ仙石線の電車が走行中に地震が起きてストップ。
海岸線沿いを走る路線ですが、たまたま停まったところがかなり高台で、津波の被害からは辛うじて免れましたが、停電で、その車両には60名以上の乗客が閉じ込められました。
真っ暗ななかで何の情報もないままに一晩を過ごし、翌日ようやく救助された乗客たち。
昨日の放送で、その乗客の中から2名の女性を選んで(どんな基準で選んだのか知りませんが)、閉じ込めれた車両に再び乗せて、インタビューをしていた!

「どこにいたんですか?」
「車内はどんな様子でしたか?」
「怖くなかったですか?(怖かったに決まってるだろうに!)」

女性二人は普通に答えていましたが、かなり私は違和感がありました。

そして、今度は福島で漁に出て、地震が起き、津波があって港に帰れず、沖合を漂流していたときに、福島第一原発の爆発を目の当たりにし、海上自衛隊に救助された男性を、その漂流していた船と見立てた薄暗いセットに座らせ、これまたインタビューしていた!

なんでそんなことをする必要がある?
普通にスタジオに呼んでインタビューすればよいじゃないの?

それじゃあインパクトがないから?

そういう問題?

なんで事実だけを淡々と放送しないのだろう?
なんでこんな演出をしなくちゃいけないんだろう?

otosanが常々言います。

「被災地を見世物にだけはしてくれるな」

未曾有の災害で、ボロボロになっている被災地。
そこに暮らす人々。

その現状を淡々と報じるだけでも、かなりの衝撃であることは誰の目にも明らかなのに、昨日のTV放送はこれでもか!という位に演出過剰だったと思います。

なにか報道の意味を勘違いしていないか?と思いました。

昨日の各TV局の報道の仕方は、被災地を「見世物」にしていました。

より過激な写真、より過激な話題、より過激な出来事・・・
競うように画面に出しては消し、出しては消し・・・
バラエティ番組じゃないんだから!

民放ならいざ知らず、我々の税金と視聴料で経営されている国営放送(敢えてそういう)までが演出ありきの放送をしていたということに、激しい怒りを覚えます。

真の報道とは、事実を客観的に報じることです。

そこに演出があってはならないと、私は思います。
ええ、TVだけでなく新聞にも言えます。

報道に「やらせ」があっては絶対にならないのですよ。

「やらせ」で記事を書く記者がいたとしたら、恥を知れ!と言いたい。
真のジャーナリズムからは程遠い、似非であると、似非ならペンを折れ!と言いたい。

いやしくも報道の世界に身を置くのであれば、己を律して仕事をせよ!と言いたい。
その映像が、文章が、どれだけの影響を社会に及ぼすのか、それを常に胸において仕事せよ!と言いたい。

その覚悟がないのであれば、報道の世界からとっとと身を退きなさい、と言いたい。

otosanではないけれど、「被災地を、1年経ってもなにも変わっていない、瓦礫の山のままの被災地を見世物だけにはしてくれるな」と強く思います。

事実だけ、現実だけ、きちんと報道してくれること、その情報を基に、私たちが出来る支援を考えることができる、そういうものこそが、真の報道の姿である、と昨日のあまりに酷かった震災の特集番組を見ていて思いました。

追記です

家に届けられる岩手日報、そこにはさまれていた特別版です。

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敢えて明るい紙面を作っていて、胸に迫るものがあります。

話しはまるで変わりますが・・・

宮城から帰ってきた娘が、いつになく口が重く、多くを語ろうとしなかったこと、大学時代に家庭教師に行っていたお宅は、亘理の海側で、駅に降り立ち、海側へ目を向けたとき、かつての光景とあまりに違うその様子に、どうしても家庭教師をしていたお宅のある海側に足が向かなかった、向けられなかった、とだけ話してくれました。

学生時代によく友人たちと出かけた荒浜にも行けなかったと言いました。

かつてそこに暮らしたことがある人間にとって、思い出の地があまりに変わり果ててしまった姿を目にしたとき、言葉もなく立ち尽くし、黙り込むしかできないのだろうな、と娘の様子を見て思いました。

それでも、そこから立ち上がり、ひたすら前を向いて歩き始めている被災地のみなさまには、本当に頭が下がり、私たちが感傷的になってはいけない、わずかではあるけれど、本当わずかではあるけれど、被災された皆様に本当の笑顔が戻るまで支援の手を差し伸べていきたい、常に心を向けていたい、それが生きている私に出来る最低限のことだと思っています。


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by ank-nefertiti | 2012-03-13 00:53 | 考えること

1年経ちました・・・

1年前の今日、午後2時46分、東日本一帯に最大震度7の大地震が起きました。
その日、21階の事務所にいて、まるで大海原を小舟でゆくようななんとも言えない揺れに、これはどこかで大きな地震が起きた!と即座に思いました。

TVを付けると、東北地方で非常に大きな地震が起きたことを放送していて、その時思ったのは、津波は?でした。

すぐに津波に襲われる沿岸地域が映し出されて、これは地震よりも津波による災害の方が大きいのじゃないか?と感じたことがその通りとなった震災。

そして、津波だけでなく、この大地震は原発事故という副産物も引き起こしました。

あれから1年・・・

国立劇場で開かれた政府主催の慰霊祭で、被災者代表がそれぞれ言葉を述べましたが、涙なしには聞けませんでした。

そこに居並ぶ政府の人たちはどのように聞いたのだろう?と思います。

問題山積みの被災地の復興。
ひたすら手をこまねく政府、行政。

と、ここまで書いてきて・・・

あとは・・・書けない・・・

東北岩手・盛岡で暮らした2年半。
その当時何度も訪れた沿岸部。
釜石も、陸前高田も、大船渡も、宮古も、三陸鉄道のあの可愛らしい駅舎の田野畑や島越も・・・
何もなくなって、そしてそのままの姿で1年が経ってしまった・・・

娘が昨日、今日と宮城へ行き、津波の被害にあった亘理や仙台空港へ出かけたそうですが、亘理では海までどうしても行けなかった、と戻ってきて話してくれました。

それは・・・きっと、私が書けない理由と同じだ・・・と思います。

先日、TVで放送していた方のことが新聞の記事にもなっていました。
孫を助けて、自分は津波にのまれたおばあちゃん・・・
最後に叫んだのは

「生きろよ!バンザイ、バンザイ!」

という言葉だったそうです。

生きている私たち・・・
そのことに感謝して、これからも生きていきたい、と思います。



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by ank-nefertiti | 2012-03-11 20:45 | 考えること

寒い夜は

3月、弥生となったのに、寒い・・・
家の梅はつぼみが固く、このままだと桜と梅が一緒に咲きそう・・・
それじゃあまるで東北の春と一緒です。
でも、桜や梅が咲くだけよいかなぁ・・・

で!
寒い夜は

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ふわふわの鶏団子のお鍋。

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一緒に入れるのは、ピーラーで剥いた大根とにんじん、そしてネギ。

鶏団子は鶏のひき肉とはんぺんと玉ねぎのみじん切りを炒めたものと隠し味がマヨネーズ。
去年の暮れに朝日新聞に載っていて、あ、おいしそう!で作ってみたら、大好評で、今年の冬の寒い日にはよくテーブルに乗りました。

というか3月になってもまだこういうお鍋がテーブルに乗る、という今年の冬は少しおかしいのかも・・・

今週の日曜日は、あの未曾有の大震災から1年・・・
昨夜、これまたテレビ東京で、宮城の地方紙、河北新報の震災時の様子をドラマ化したものを放送していました。
新聞社ですら被災地がどのような様子だったか分からなかったあの大地震。
沿岸沿いの支局と電話がつながらず、あせる本社編集局。
空港が津波で使えず、ヘリも飛ばせない状況で、東京の大手マスコミがどんどん流す情報に、地元でありながら何も発信できない記者たちは悔しさと無力さに地団駄を踏みます。

ただ。。。
電気が通じてしなかったので、TVは見ることが出来ず、東京のTV局が流す情報は彼らには届かず、何が起こったのかを知ったのは、ようやく届いた新聞によってだった、ということが、彼ら新聞記者の記者魂の救いだったのかもしれないなぁと見ながら思いました。

それにしても、あれから1年経つというのに、被災地はなにも変わっておらず、現地からくる情報も「なんだなかぁ・・・」ばかり・・・
今日、otosanがお友達の岩手深萱のお豆腐屋さんからお豆腐を買ってきましたが、まだまだ本当に大変だと聞いていて、お豆腐が作れるようになったお友達のところはまだよいけれど、沿岸地域に暮らす方々の暮らし向きを思うと胸が痛いです。

なんだか・・・
あたたかい部屋で、こんなお鍋を食べていてよいのだろうか?とすら思います。
いや、自分の頭の上のハエも追えずにいる私なので、何ができるということもないのですが、それもまた本当に情けないと思う今日この頃・・・




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by ank-nefertiti | 2012-03-05 22:44 | 考えること

心からの感謝を・・・

10月の終わりに、otosanが福島へ行きました。
川俣町というところ・・・
町の教育委員会からこの町の出身のチェリスト、奈切敏郎さんへ依頼があった、日フィルメンバーを中心にした室内オケの演奏会を行うお手伝いで。

その時、ここにコメントを下さるberryさんが「届けてくださいますか」と段ボールに2箱、ご自身が忙しいなか編んでくださった帽子、マフラーやら読み聞かせにとの児童のための本やら送ってくださいました。

川俣町は、原発に近い区域が避難地域になっていて、そこの幼稚園から中学生までの子たちが、町の中心地へ集団で避難してきています。
今回のコンサートも彼らのために、というのが一つの目的でした。

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準備中のオケ。
指揮をされた奈切さん。

そして、このコンサートの後に、berryさんからの贈り物の贈呈式がありました。

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和やかな贈呈式。
町長さんにも帽子^^

生徒さんたちが本当に喜んでいたそうです。
町役場の方たちも、心から感謝していますと、すべて手編みのあたたかな贈り物に感無量という表情でいらしたとか。

berryさん、ありがとうございました。
これから冬に向かう被災地の子供たち、berryさんの温かいお気持ちと、温かい手編みのマフラー、帽子で温かく過ごせそうです。

震災から8か月。
被災地はまた冬を迎えます。
未だ終息の姿さえ見えない原発事故と、津波の被害からの復興。

被災地のみなさまの「どうか忘れないでください。忘れられるのが一番怖い」という切実な言葉・・・
忘れませんよ、大丈夫!

しかし、行政のなんと怠慢なことか!
この国は、民間の力でなんとか持っている・・・そんな気がします。





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by ank-nefertiti | 2011-11-13 17:57 | 考えること

あれから5か月・・・

ローマのjunkoさんのブログで、紹介されていた「エンジェル・ピース」の被災地支援活動の展示会。
今日までというので、銀座三越へ出かけました。

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会場のポスターと、石巻日日新聞の手書きの壁新聞。
津波でなにもかも流された彼らが、手書きで作った新聞です。

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いわきの子どもたちを静岡へ招待したときの様子のパネル。
子どもたちは久々に表で元気に遊べてうれしそうだった、とエンジェル・ピースの方がおっしゃっていました。

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会場で販売されていた、この子供たちが描いた絵をもとに作られたTシャツ。
とっても可愛くて、購入しました。
代金は被災地の子どもたちの支援に使われます。

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会場に置かれた被災地へのみなさまへの寄せ書き。
私も書いてきました^^

今日までなのが残念でした。
もう少し長く展示してほしかったな・・・

それでも民間のこういう支援は、被災地の子供たちにはどんなに嬉しいことでしょうか。
夏休み、富士山へも行ったそうです。
本当に民間がこれだけ頑張っているのに、国は何をしているんだか・・・(-_-;)

先ほど仙台へ行っていた娘が帰ってきました。
松島へも出かけたそうですが、松島は以前の姿に戻っていたそうです。
そして比較的被害が少なかった仙台市は、彼女が大学生活を送ったころと何ら変わらない姿に戻っていたとか。
それがせめても・・・と思います。
他の地域も早く元の姿に戻るよう、祈らずにはいられません。



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by ank-nefertiti | 2011-08-14 22:49 | 考えること
7月12日から16日まで、otosanが岩手に出かけてきました。
4月のはじめに出かけてから、3か月と少し・・・
多少の変化はあるか?とわずかな期待を持って出かけた岩手だったのですが・・・

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陸前高田はあの時から何も変わっておらず・・・

だけれども、ここは動き始めていました!

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八木澤商店^^
奇跡的に、「もろみ」をある試験場に預けてあったのがみつかり、同じように天然醸造を行っている、秋田の「安藤醸造」さんが、「自分たちの工場で委託醸造しますよ!」と助け舟を出してくれて、しょうゆと味噌の分量表と、もろみを預けて、八木澤商店の「ヤマセン醤油」と「味噌」を作ってもらっています。
その味は、以前のものとすっかり同じ!
いつか委託醸造から、自力の工場での醸造が出来る日を夢見て、今日も河野さんたちは頑張っています。

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同じく陸前高田の「星石油」さんも、営業を再開し、地域のためにと動き出しました。

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ですが、釜石では巨大な貨物船が陸に乗り上げたまま。

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島の越も漁船が陸に乗り上げたまま。

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田老の漁協の建物も、手つかず。

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三陸鉄道北リアス線も、寸断されたまま。

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島の越の駅舎近くにある、駅名の由来が刻まれた石碑は、かろうじて残りました。
賢治は、天国で、故郷岩手のこの状況を見て、この夏、「おろおろと歩いて」いるのでしょうか。

あの大震災からあと少しで5か月を迎えます。
なのに、この何も変わっていない状況は、いったいどうしたことでしょう。

敢えて、批判を恐れずに言うなら、原発事故は二次災害であって(確かに日本だけでなく世界をも巻き込む大事故であり、日本の将来をも破滅に追い込むかもしれない事故ではありますが)そちらが為政者の最大の関心事となり、一次災害の、大地震と津波の被害が彼らの中で、小さな存在になっているのはいかがなものでしょう?
復興大臣が決まるまでのドタバタ、決まったら決まったで、なんなの?な発言の数々を繰り返し、わずか数日で辞任となったり、その後を引き継いだ大臣は、さて今何をしているのやら?
復興会議とやらも、先日死に体の首相に「意見書」なるものをやっと提出しましたが、その会議のメンバーを見ると、これまたなんだかな?な方ばかりで・・・
はは、副議長の安藤さんなんて、岩手や宮城の山の上にコンクリート打ちっぱなしの建物とか建てちゃいそうです^^;

それでも!

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普代村の漁港には、活気が戻ってきました♪

政府、そして行政がなにもせず、手をこまねいているだけなら、民間は自力で頑張るしかありません。
これは、岩手だけでなく、東北全県に言えることですが、彼らは本当に我慢強く、心根の優しい素朴な人たちで、なんの不満も言わず、そこを訪れるボランティアの人たちに「ありがとう。助けてくれて」と笑顔で言います。
でもね、でもね、それだって限界というものがあるのですよ!

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リアス式海岸が生んだ絶景「北山崎」

荒れ狂った海が、また静かになって、そこにはこの絶景が以前のままの姿であります。

この美しい風景がたくさんある東北へ、どうぞ観光でいらしてください。
それが、東北の経済を助け、自力での復興の手助けになります。
政府も、行政機関も、なにも頼りにならないのですから、せめて民間レベルで出来る、「観光」で、被災地の手助けが出来たなら、と切に思います。

次にotosanが岩手に行くときは、私も仕事は何としても休んで一緒に行こうと思います。


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by ank-nefertiti | 2011-07-31 15:57 | 考えること

4か月・・・

あの地震から今日で丸4か月経ちます。
なのに、あの日から被災地はなにも変わっていません。
瓦礫はそのまま、海水につかった土地もそのまま・・・

今日のニュースで、仮設住居に引っ越して2週間の男性が孤独死していたことを伝えていました。
そして、仮設住宅に暮らす人々が、コミュニケーションの不足を嘆いていました。
神戸の震災で、このことは学んだのではなかったの?
このままだと、孤独死する被災者は増える一方になります。

何が許せないといって、この未曾有の被災を政争の道具、商売の道具にするということ。
被災された方たちが置いてけぼりで、己の保身やらなにやらに血道を上げている政治家や、ここぞ!とばかり儲けようとたくらむまるで禿鷹のような人たち。

「今、生きているだけで精一杯」

と目に涙をためて話していた被災地の女性。
本当にそうだろうな、と思います。

赤十字には3000億円からの義援金が集まっているそうですが、被災者に渡ったのはそのうちの23%だとか・・・
なんでそういうことになるのでしょう?
それでは被災者の方へ!と義援金を送った人たちの善意がなんにもなりません。

なにかをしようとしても、法律が邪魔をして身動きできない、という声はよく聞きます。
なら、新しい法律を作るのじゃなく、今ある法律で、復興の邪魔になる部分だけ一時的に外すとか方法はいくらでもあるはず。
だけど、それをやろうともしないのは、うがった見方ですけれど、そこにはやはり利権が複雑に絡み合っているからなのでしょう。
綱の引き合いをそれぞれがしているからなのでしょう。

でもね!
でもね!そんなこと言っている場合じゃないのよ!
もう4か月経った・・・
だけど、被災地は復興に向けて何も動かない。
首相を下す下さないなんて、国会で議論している場合じゃない。
議論しなくちゃいけないことは、他にあるのに!

ただただ情けないと思います。
日本って・・・こんなにダメな国でしたっけ???

明日からotosanが再び岩手へ行きます。
今回も前回同様、陸前高田、大船渡、大槌、山田、宮古などへ。
救援物資をブログではお願いしませんでしたが、「持っていってね!」と送ってくださった方が何人もいらして、otosanは「ありがたいこと」と感謝、感謝の面持ちです。
tocoさんのお嬢様が陸前高田へボランティアへいらして、tocoさんのブログにたくさんの写真が掲載されていますが、4か月前とその景色は変わっていません。
otosanが戻ってきたら、またここにも被災地の写真を載せたいと思います。


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by ank-nefertiti | 2011-07-11 22:16 | 考えること
よいお天気だった今日。

3月11日の大震災で破損し、ようやく修復がなったカシマサッカースタジアムで、アントラーズに在籍していた選手と、Jリーグの他のチームに在籍していた選手が集まり、震災復興イベント「SMILE AGAIN チャリティーマッチ FOOTBALL STARS AID がありました。

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往年の名選手たち!

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ブラジルでも日本でもジーコは神様!
そして、現役時代からそのユニークな髪形で人気だったアルシンド^^

ANTLERS LEGENDS にはこの二人のほかに、トニーニョ・セレーゾ、現監督のオリヴェイラ。
鉄人秋田、不動の右サイドだった名良橋、のこり5分で何とかしてくれる!とファンの誰もが思っていたFW長谷川や、現コーチのDF奥野、大岩、MF熊谷、阿部、室井、そしてFW鈴木隆行、平瀬などなど、懐かしいメンバーがそろいました。

Jリーグに在籍していた選手たちのWITH HOPE UNITED には
監督が松木、MFラモス、名波、北澤、山口、奥、DF小村、福西、中西、三浦淳、FW長谷川健太、福田、城らが名を連ね・・・
そしてなによりカメルーンの英雄、エムボマが!

試合は3-0でANTLERS LEGENDS が勝ちました。

ジーコが先制点を上げ、その後も得点を重ねて、久しぶりにアントラーズがすっきりと勝ち!
その先制点は、アルシンドの息子で現在アントラーズに所属するイゴール君からのパスからでした。
そうなんです、親子でカシマのピッチに立ったのですよ、アルシンドとイゴール。
すっごく嬉しそうでした^^

選手たちは楽しそうでした。
観戦している私たちも本当に楽しかった!
ジーコはいくつになっても天才で、まさしく神様で、セレーゾは、この人本当にセレソンだったんだね!と再確認したほど上手かった!
そして、WITH HOPE UNITED の福西や奥、引退しちゃってもったない!
今でも十分に現役で出来るのにね~!と娘と話しました。

試合の後、今日はチャリティーライブがありました。

FUNKY MONKEY BABYS
彼らは、あの日、福島のある中学で卒業ライブを行い、その帰りの新幹線の中で、地震にあったのだそうです。
10時間以上新幹線の中に閉じ込められ、不安な一夜を送ったとか・・・
そして、出来た歌がこの歌。



4曲ほど熱唱してライブは終わりましたが、スタジアムには大きな感動が残りました。

試合もライブも終わって、出場した選手、そして現役のアントラーズの選手たちが、スタジアムを全員で一周しました。

ジーコが
「今日は本来は寂しい目的で開かれた試合でした。ただ、みんなで結束すればなんとかできる。自然災害は起きてしまったけれど、結束すればなんとかできることを示せたと思います。」
と語り、
アルシンドが
「鹿島がどれだけのダメージを受けたのかは、映像では情報が入ってきていませんでした。実際にこちらに来てから衝撃を受けました。でも、ピッチに入った時に素晴らしいと思いました。あれだけの被害を受けたのに、これだけの早さで修復していることに驚きました。それは日本人の団結心があればこそだと思います。」
と語りました。

彼らは、日本にずっと暮らしているわけではありません。
たまたまアントラーズに縁があり、選手として日本で暮らしたことがあるという人たちです。
その彼らが、被災しているのに東北3県に比べると話題に上らない茨城を「なんとかしたい!」と思い、遠くブラジルからやってきてくれて、今日のようなイベントが開き、寄付金を募り、茨城県、および一部を赤十字へ振り込むということを行ってくれました。

ここでも民間の力が大きく働いています。

FUNKY MONKEY BABYSが歌うように、「それでも信じてる」と・・・

国がダメなら、民間が頑張るしかないのですよね。

よい日でした。
by ank-nefertiti | 2011-06-05 01:19 | 考えること