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イタリア大好き!な働く主婦が綴る日々の雑感、独り言♪                HN 杏

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カテゴリ:考えること( 76 )

とらば~ゆ♪

突然ですが転職することになりました。

8月に採用募集があり、履歴書を送った事務所から、書類審査を通過したので一次面接に来て欲しいと連絡があり、27日に面接を受けに行きました。

所長弁護士と面接をしたのですけれど、面接の最後に言われたのが

「今回は360名ほどの応募がありました。そこから書類審査で60名に絞り面接をしています。この面接でまた20名ほどに絞り、最終的に2名採用する予定です」

ダメだわ・・・
そもそも60名に残ったこと自体奇跡よ・・・

と思いながら家に帰ってきて、otosanにも「ダメだと思うわ」と言いました。

そうしたら!
翌日、連絡があって「正規ではないけれど、仕事をするお気持ちはおありですか?」と言われました。
びっくり!
この際、正規だろうがアルバイトだろうがよいのです、パラリーガルで仕事ができれば!

そして先週、最終面接に出かけたのですが、その時の感触が・・・これまたダメかも・・・
待つこと一週間、今日、採用の連絡がありました。
思わず「本当に?本当にお仕事をさせていただけるのですか?」と聞いてしまいましたよ・・・

連絡をくれた事務の方は「はい、もちろんです!」と笑いながら言いました。
私、凄く興奮していたのだわ>苦笑

今の仕事は、申し訳ないですが辞めます。
というか最終面接まで行っていることはお仲間たちには話してあります。
みなさんが「決まればそちらへ行くべき。そうするべき!」と言ってくれました。
有難いお仲間に恵まれたと思っています。
あ、チーフには言っていませんが・・・
月曜日に言います。
何を言われても、もう私の年齢でこのようなお話があるとは思えないですから、たとえ罵詈雑言を浴びせられても辞めます。
一度しかない人生だから、自分の手でつかんだ幸運は絶対に手放さない、と固く心に誓いましたから・・・

私の行動を非難する人もいるかと思います。
自分勝手だと・・・
それでもよいの。
新しい仕事に就いて半年、いつも誠実に仕事をしてきた、と私は思っていますし、それを仲間たちは見ていてくれて、今回「そちらへ行くべきよ」と言ってくれましたから。

パラに戻りたい、と思っていましたが、途中で諦めようか?と思ったこともありました。
かなりの数の履歴書を送りましたが、全部の事務所から「今回は・・・」という連絡があるか、無しのつぶてだったから・・・

そんな時、イタリア語の先生のERIKAが

「杏、何であきらめるの?杏はもっと自分に自信を持ちなさい。杏が今まで頑張って身につけてきたものは誰にも負けないものがあると私は思う。それを諦めることは、自分を裏切ることだよ。履歴書だって100通くらい送ってみなくちゃ!たかだか10数通で諦めるのはよくない!」

この叱咤激励が、私に諦めちゃいけない!という思いを強くさせました。
だから、今回のことはERIKAのおかげでもあります。

人間、諦めたらお終いなんだなぁとつくづく思いました。
強く願っていれば叶うのだなぁとも。

この再就職のことは、以前の事務所の勤務弁護士のtori先生とkamo先生にはご連絡をしました。
お二人からは、おめでとうとまた同じ業界で仕事が出来ることは本当に嬉しいというお返事をそれぞれからいただきました。
それも私にはとても嬉しかった・・・

初心に帰って頑張りたいと思います。

さて・・・あとは宝くじだわ!>爆


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by ank-nefertiti | 2012-09-07 23:02 | 考えること

復興というゴールへ

otosanが「ふるさと大使」を務める岩手県から届いたポスター。

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Jリーグ鹿島アントラーズ不動のキャプテン、小笠原選手。
去年の震災の後、小笠原選手はJリーグに所属する東北出身の選手たちに呼びかけて、東北人魂を持つJ選手の会、「東北人魂」を発足し、被災地への支援を行っています。

所属するアントラーズの選手たちも彼に協力して、夏休みには被災地へ出かけ、サッカー教室を開いたり、子供たちとゲームをしたりしました。
ブンデスリーグシャルケでプレーする内田篤人選手も、内田選手の仲良しの今季からプレミアリーグでプレーをする吉田麻也選手も小笠原に共感して、リーグ終了後の貴重な休みの時間であるにもかかわらず被災地へ出かけてくれました。

小笠原選手が岩手大船渡の高校時代の級友たちと進めているプロジェクト「東北人魂・岩手グラウンドプロジェクト」。
震災で運動をする場所や、行事をする場所を奪われた子供たち、市民の方たちのためにグラウンドを作ろう!というプロジェクトです。

夏休み、カシマスタジアムで行われたJリーグ主催の「東日本大震災復興支援 2012 Jリーグスペシャルマッチ」でも、アントラーズの選手、試合に出場する東北人魂の選手たちが、スタジアムのコンコースで募金活動を行っていました。

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募金活動中の小笠原選手。
娘がというより岩手大好き!な我が家は全員が彼のファンです。
なので、もちろん募金をしてきました^^

この夏、娘が盛岡の幼馴染のkayoちゃんのお家へ遊びに行き、「LIGHT UP NIPPON」の花火大会のお手伝いで三陸の山田町へ出かけましたが、去年と何も変わっていない状況に茫然としたそうです。
「神戸のときは1年経ったらかなり復興していたよね。なんで東北は何も進んでいないのだろう?おかしいよね」と帰ってきてから憤然とした表情で言いました。

このポスターは、アントラーズの練習場で撮影されていますが、バックにかすかに瓦礫の山が写っているのがおわかりになりますでしょうか?
茨城も被災地であり、瓦礫はいまだにこのように手つかずで残っています。

東北の方たちが常に言うのは

「忘れられるのが一番怖い。」

こもポスター、娘の勤務先に貼られました。

大丈夫、忘れないから。
ちゃんと東北が復興するまで、見届けるから。

日々、忙しく暮らしていて、ついつい自分事だけでいっぱいになる私ですけれど、昨日もkimmyさんから岩手の現状などうかがって、こうして折に触れてブログに記事を書くことで、被災地への思いを届けることができれば・・・と思います。

そう、「復興というゴールへ」向けて!




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by ank-nefertiti | 2012-09-06 20:42 | 考えること

Che Sará!

5月も後半に入りました。

時間の経つのは早いです。

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庭の蕾だったバラが

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華やかに咲きました。

色々と思うことはあるけれど・・・

ひたすら前を向いて歩くしかない・・・

後ろは見ない(反省しない、ということではありません)。

昨日はドライフラワーのアレンジのお稽古でした。

一応後期分も申し込んでありますが・・・
どうしようかなぁ・・・
昨日のお稽古で作った作品も、もう置くところがありません。
うっかり飾るとちびたが飛んできて、おもちゃにしてしまいますから~
うーん・・・
みなさん、どうしていらっしゃるんでしょうね、作品?

イタリア語は、相変わらず話せません。
先生が言うには、翻訳が得意な人はなかなか話せるようにならないのだとか。
右脳と左脳の違いだそうです。
翻訳が得意なんて言えるほど伊文和訳が出来るわけではないけれど、話すよりは楽^^
訳す宿題が出て、きちんとしていくと、いつも「完璧!」と褒めてもらえます。
私はイタリア語でしゃべりたいんだけどな~

仕事は、やはりパラの仕事がしたい・・・
今の仕事に就いてからもあちこちの法律事務所に履歴書を送りました。
もうね、藁をもつかむ思いで>苦笑
全部撃沈・・・
年齢的に厳しいのは承知しているんだけど・・・
あ~、もうどこでもよいから雇って~
自分で言うのもなんだけれど、かなり出来るパラよ、私~^^;

ま・・・いいか・・・

なるようになるかな・・・
Che Sará!



歌っているのはイタリアの歌手、Patrizio Buanne 。
私、この人かなり好き^^

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by ank-nefertiti | 2012-05-22 00:16 | 考えること

40年

今から40年前。
私は高校生でした。
公立高でしたが、そこになぜか沖縄出身のクラスメートがいました。
大越境入学!と思っていたら、中学3年から東京へ出てきて都立高を受験したということを聞き、あ、それならありだわ、と納得しました。

当時、というかそのクラスメートと同じクラスになったころは、沖縄はまだアメリカの統治下にありました。
戦後から何十年も経っているのに・・・です。

そして、同じクラスになった5月に沖縄は日本に返還されました。

TVで当時の佐藤栄作首相が涙を流して「記念すべき日だ」と言っているのを見て、沖縄の人たちはこのことをどう思っているのだろう?とふと思ったことを思い出します。

というのも、M君というクラスメートが沖縄が返還される日が近づくにつれて

「どうなるのかなぁ・・・アメリカ軍の基地に頼って生きている人たちも多いから。うちもそうだし」

と言っているのを聞いていたから・・・でもあるのですが。

あれから40年経って、沖縄にはいまだにアメリカの基地があり、さまざまな問題を抱え、何も解決されていないという事実。

一度だけ訪れた沖縄で、嘉手納基地の前を通った時、離発着を繰り返すアメリカ軍の戦闘機の轟音に、ここではまだ戦争が行われているのだろうか?と思い、その後訪れたひめゆり部隊の記念館で見た少女たちの写真や手紙に、日本が沖縄に強いてきたもののあまりの過酷さにただもう茫然と立ち尽くすしかなかったこと・・・

そしてそれが今も沖縄では続いているということ。

東京の繁華街での若い人たちへのTVのインタビューで、彼らがあまりにも他人事で、何も知らないということにも愕然としました。

「沖縄って遠くて。もっと近かったらいろいろと考えるのかもしれないけど。所詮他人事?」

という話を平然とする若い人たちに、ああこれでは沖縄は永遠に救われない、と悲しく思いました。

確かにアメリカ軍の基地があって、そこで働く日本人も多く、米兵を相手にしているお店も多くある、という事実と、その基地がもたらすたくさんの問題。
今も頻繁に起こる暴行事件、飛行機の墜落、その墜落で命を落としたたくさんの沖縄の方たち。

アメリカ軍の基地を県外へ、と大風呂敷を吹いて大量の票を得た民主党というか当時の党首の鳩山由紀夫。
でも、何もできなかった。
ただただ沖縄の方たちへ期待を持たせ、そして絶望の淵へ追いやっただけ。
基地の問題は、一筋縄ではいかない、ということをわかっての県外移転の発言だったのだろうか?となんとも発言の軽い鳩山某だけに私は、ひたすら思いつきで言ったとしか思えないのだけれど、どうなのだろうか。

基地を移転させるなら、そこで働く日本人の次の職をどうするのか、また基地があって成り立っている商店などは基地無き後の店の存続はどうなるのか、などの経済的な問題と、米兵による暴行事件や交通事故、飛行機の騒音問題、墜落事故などの平和国家であってはならないことが起こるという問題。

そういうことを全部考え抜いての発言だったのだろうか?と大きな疑問が残ります。

期待だけ持たせて、何もできませんでした、では、戦後何十年も耐え、今もさまざまな複雑な思いを抱えて生きている沖縄の方たちに対してあまりにも酷くはないか?と思います。

本土にもアメリカ軍の基地はあります。
東京近郊では神奈川の厚木、そして横須賀。
去年訪れた長崎の佐世保にもアメリカ軍の基地があります。

それらも一緒に考える、そういう試みがあってもよいのではないか?と思いますが、それは素人の安直な考えでしょうか。

ちょっとM君に今どう思うか聞いてみたいです。
とは言うものの・・・
卒業クラスの3年9組、同窓会名簿を見ると・・・
なんと行方不明者の多いことかしら!!!
凄く仲の良かったクラスなのに、なんでこうなったんでしょうかね?
あら!高校だけでなく、中学も小学校も卒業クラスの名簿を見ると、行方不明者がなんと多いことよ!

あ、最後話がそれてしまいました^^;

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by ank-nefertiti | 2012-05-17 23:22 | 考えること

報道の在り方

昨日、3月11日、TV局各局はこぞって1年前の大震災の特集番組を放送していました。
新聞も各紙特集を組んでいました。

敢えてTVは見ないという方もいらしたと思います。
敢えて新聞は読まなかったという方もいらしたと思います。

私は敢えてみました。
民放も国営放送も。

民放は演出するだろうな、こんなときでも彼らは視聴率が大事だし、と思って、そちらはチラチラと>苦笑
主に見ていたのは国営放送の方です。

唖然としました。

あの日、仙台と石巻を結ぶ仙石線の電車が走行中に地震が起きてストップ。
海岸線沿いを走る路線ですが、たまたま停まったところがかなり高台で、津波の被害からは辛うじて免れましたが、停電で、その車両には60名以上の乗客が閉じ込められました。
真っ暗ななかで何の情報もないままに一晩を過ごし、翌日ようやく救助された乗客たち。
昨日の放送で、その乗客の中から2名の女性を選んで(どんな基準で選んだのか知りませんが)、閉じ込めれた車両に再び乗せて、インタビューをしていた!

「どこにいたんですか?」
「車内はどんな様子でしたか?」
「怖くなかったですか?(怖かったに決まってるだろうに!)」

女性二人は普通に答えていましたが、かなり私は違和感がありました。

そして、今度は福島で漁に出て、地震が起き、津波があって港に帰れず、沖合を漂流していたときに、福島第一原発の爆発を目の当たりにし、海上自衛隊に救助された男性を、その漂流していた船と見立てた薄暗いセットに座らせ、これまたインタビューしていた!

なんでそんなことをする必要がある?
普通にスタジオに呼んでインタビューすればよいじゃないの?

それじゃあインパクトがないから?

そういう問題?

なんで事実だけを淡々と放送しないのだろう?
なんでこんな演出をしなくちゃいけないんだろう?

otosanが常々言います。

「被災地を見世物にだけはしてくれるな」

未曾有の災害で、ボロボロになっている被災地。
そこに暮らす人々。

その現状を淡々と報じるだけでも、かなりの衝撃であることは誰の目にも明らかなのに、昨日のTV放送はこれでもか!という位に演出過剰だったと思います。

なにか報道の意味を勘違いしていないか?と思いました。

昨日の各TV局の報道の仕方は、被災地を「見世物」にしていました。

より過激な写真、より過激な話題、より過激な出来事・・・
競うように画面に出しては消し、出しては消し・・・
バラエティ番組じゃないんだから!

民放ならいざ知らず、我々の税金と視聴料で経営されている国営放送(敢えてそういう)までが演出ありきの放送をしていたということに、激しい怒りを覚えます。

真の報道とは、事実を客観的に報じることです。

そこに演出があってはならないと、私は思います。
ええ、TVだけでなく新聞にも言えます。

報道に「やらせ」があっては絶対にならないのですよ。

「やらせ」で記事を書く記者がいたとしたら、恥を知れ!と言いたい。
真のジャーナリズムからは程遠い、似非であると、似非ならペンを折れ!と言いたい。

いやしくも報道の世界に身を置くのであれば、己を律して仕事をせよ!と言いたい。
その映像が、文章が、どれだけの影響を社会に及ぼすのか、それを常に胸において仕事せよ!と言いたい。

その覚悟がないのであれば、報道の世界からとっとと身を退きなさい、と言いたい。

otosanではないけれど、「被災地を、1年経ってもなにも変わっていない、瓦礫の山のままの被災地を見世物だけにはしてくれるな」と強く思います。

事実だけ、現実だけ、きちんと報道してくれること、その情報を基に、私たちが出来る支援を考えることができる、そういうものこそが、真の報道の姿である、と昨日のあまりに酷かった震災の特集番組を見ていて思いました。

追記です

家に届けられる岩手日報、そこにはさまれていた特別版です。

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敢えて明るい紙面を作っていて、胸に迫るものがあります。

話しはまるで変わりますが・・・

宮城から帰ってきた娘が、いつになく口が重く、多くを語ろうとしなかったこと、大学時代に家庭教師に行っていたお宅は、亘理の海側で、駅に降り立ち、海側へ目を向けたとき、かつての光景とあまりに違うその様子に、どうしても家庭教師をしていたお宅のある海側に足が向かなかった、向けられなかった、とだけ話してくれました。

学生時代によく友人たちと出かけた荒浜にも行けなかったと言いました。

かつてそこに暮らしたことがある人間にとって、思い出の地があまりに変わり果ててしまった姿を目にしたとき、言葉もなく立ち尽くし、黙り込むしかできないのだろうな、と娘の様子を見て思いました。

それでも、そこから立ち上がり、ひたすら前を向いて歩き始めている被災地のみなさまには、本当に頭が下がり、私たちが感傷的になってはいけない、わずかではあるけれど、本当わずかではあるけれど、被災された皆様に本当の笑顔が戻るまで支援の手を差し伸べていきたい、常に心を向けていたい、それが生きている私に出来る最低限のことだと思っています。


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by ank-nefertiti | 2012-03-13 00:53 | 考えること

1年経ちました・・・

1年前の今日、午後2時46分、東日本一帯に最大震度7の大地震が起きました。
その日、21階の事務所にいて、まるで大海原を小舟でゆくようななんとも言えない揺れに、これはどこかで大きな地震が起きた!と即座に思いました。

TVを付けると、東北地方で非常に大きな地震が起きたことを放送していて、その時思ったのは、津波は?でした。

すぐに津波に襲われる沿岸地域が映し出されて、これは地震よりも津波による災害の方が大きいのじゃないか?と感じたことがその通りとなった震災。

そして、津波だけでなく、この大地震は原発事故という副産物も引き起こしました。

あれから1年・・・

国立劇場で開かれた政府主催の慰霊祭で、被災者代表がそれぞれ言葉を述べましたが、涙なしには聞けませんでした。

そこに居並ぶ政府の人たちはどのように聞いたのだろう?と思います。

問題山積みの被災地の復興。
ひたすら手をこまねく政府、行政。

と、ここまで書いてきて・・・

あとは・・・書けない・・・

東北岩手・盛岡で暮らした2年半。
その当時何度も訪れた沿岸部。
釜石も、陸前高田も、大船渡も、宮古も、三陸鉄道のあの可愛らしい駅舎の田野畑や島越も・・・
何もなくなって、そしてそのままの姿で1年が経ってしまった・・・

娘が昨日、今日と宮城へ行き、津波の被害にあった亘理や仙台空港へ出かけたそうですが、亘理では海までどうしても行けなかった、と戻ってきて話してくれました。

それは・・・きっと、私が書けない理由と同じだ・・・と思います。

先日、TVで放送していた方のことが新聞の記事にもなっていました。
孫を助けて、自分は津波にのまれたおばあちゃん・・・
最後に叫んだのは

「生きろよ!バンザイ、バンザイ!」

という言葉だったそうです。

生きている私たち・・・
そのことに感謝して、これからも生きていきたい、と思います。



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by ank-nefertiti | 2012-03-11 20:45 | 考えること

スキル

3月なのに、鬱陶しいお天気が続きます。
花粉も飛び始め、ますます鬱陶しい^^;
そんな中、パラリーガル専門の転職・派遣の人材会社があることを知り、登録に行きました。

履歴書と職務経歴書を持参してくださいね、ということだったので、履歴書の方は書くと言っても学歴と職歴、志望動機やら特技やら、まあ普通のことしか書きませんが、職務経歴の方はパラとして17年間に行ってきたことをこれでもか!(苦笑)という位書いて持参^^

登録の面接をしたのが、え?あなた?な若い男性でしたよ。

私の経歴を見て、

「え?17年間パラリーガルとして仕事をされてきたのですか?」

と開口一番に聞きました。

そして、次に聞かれたのが、職務経歴に書いたこれまでに行ってきた仕事のこと。(そりゃ当然)

「このスキルはどうやって?」

だからね・・・
17年前には、パラリーガル養成講座なるものは存在せず、弁護士会もパラの研修なんてほとんどやっておらず、事務所にあった昔の実務書をひたすら読んで、独学で見につけた、と答えましたよ。
だって事実なんですもん。
今ではインターネットでググればいろんなことが出てきますが、当時はそれもなかったのですから。

17年前になんでパラとして働こうと思ったのか、とも聞かれました。

これは簡単!
求人広告に必ず「ワープロ必携」と書かれていたのが、法律事務所で、当時の私にはそれしかスキルがなかったから・・・です。

これには笑われました。
もっと高尚な理由でだと思っていたらしい・・・
というか、多分、登録している方たちは動機については高尚な理由をあげているのでしょうね。

法学部ではないから、就職するときに「法律は知らなくてよい」という弁護士の言葉を鵜呑みにして、お気楽な気分でいたのが大間違いだったことも話しました。

「これから接見に行ってくる」

と言った弁護士の「接見」という意味が分からず、私の頭に浮かんだのは「石鹸」>苦笑

「先生、石鹸でしたら私が買いに参ります」

と答えて、弁護士があきれ返り

「あのね、いやしくも法律事務所に勤務しているのだから、必要最低限の言葉として知っていて欲しいんだよね。接見というのは、刑事事件の被告人に面会に行くことだから。手を洗う石鹸じゃない!」

あ、そう・・・
だって、普通の生活している人はあまり使わないでしょ、接見。。。

まあ他にもいろいろと聞かれました。

弁護士が留守の時には、与えられた仕事が済んでしまうと、とにかく六法全書の「民事訴訟法」と「刑事訴訟法」あたりから読み始め、仕事に必要かな?と思われる「執行法」やら「破産法」、「会社法」あたりをひたすら読んだこと、今と違って実務書もいろいろとあったわけではないので、事務所にあったものを読んで覚えたこと。
当時は裁判所の書記官はいじわるで、法律事務所だというと何も教えてくれず、初めて行った債権執行の申立てでは、「不備がありすぎ!誰が作ったの?この書面!」と怒鳴られ、弁護士・・・と小さな声で答えたら、書記官が「あ、そう。じゃあ事務所に帰って、弁護士にこれじゃダメだから、と言って作り直してもらって出直して!」と再度怒鳴られたこと・・・
だから、それからは必死で書式集やら実務書やらを見ながら自分で申立書を作成するようになったこと。

破産申立書も見よう見まねで作り、クライアントからの事情聴取も行って、とにかく裁判官や管財人を納得させる報告書の作成もするようになったこと、民事再生も???なところから始めてなんとか出来るようになり、普通なら絶対に通らない再生案も通してしまったこと・・・

建物明渡執行の執行立会いもすること。
執行官から「女性が立ち会うのは珍しいというか稀だ」と言われて、仕事だからやるのが当然だと思っていました、と答えたら、「まあ危険が伴うからね。普通は男性が立ち会うんだよね。女性の事務方しかいないところは弁護士が来るんだけど、あなたのところは女性にやらせるんだねぇ。へえ・・・」と驚かれたこと、だけど、それからもずっと執行の立会は私が出かけていたこと・・・

そんな諸々の話をしたら、

「杏さん、たたき上げのパラなんですねぇ」

と妙に感心され、「こういうベテランのパラリーガルのお話は、私だけでなく、若いパラに聞かせたい」と言われて、あら、じゃあそういう講師の仕事はないのかしら?と思わず聞いてしまいました^^;

パラとして何が一番大事だと思うか、とも聞かれ、それには

「相談にくる方は、本当に困っているから相談にくる、そういう人の痛みがわかること、困って事務所にみえる方から、あなたが事務でよかった、と言ってもらえるように常に気持ちに寄り添って仕事をすること。ほかのPCのスキル、法律の知識はそのあとの問題だと思う」

と答えたら、本当にそうなのだが、最近の弁護士はそこらへんの理解が足りないのですよ、と言われて、あ、私はとても古いタイプのパラで、紹介もしにくいのだろうなぁとなんとなくわかってしまい、うーん・・・パラとしての転職は難しいかな、とちょっと考えてしまいました。

パラリーガル構成講座の講師なんて出来ないのかなぁ・・・
そういう講座は弁護士が講師としてしているのだろうねぇ・・・
だけど、実務知らない弁護士、たくさんいるんだけどな・・・

最後に言ってきたのは

「1,2年経験しました、という方や、養成講座で勉強しました、という方よりは、経験の中で身につけてきたスキルなので、それはもう実践に強い、という自負はあります。事務所には若いお客だけでなくお年を召した方も多くみえます、そういう方には若い方が出てきて何かいうよりもある程度年齢の近い事務が担当する方がうちとけてくれてよい結果が出ることが往々にしてあります。生意気を言うようですが、それが私の最大のスキルと言っても過言じゃないと思っています」

だけど。。。
確かに面接をしてくれた男性が言うように、私のようなタイプのパラは転職は難しいのでしょうねぇ・・・
まあどちらかというと、職人タイプだものね・・・

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私に桜が咲くことはあるのかしらん・・・


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by ank-nefertiti | 2012-03-09 01:11 | 考えること

寒い夜は

3月、弥生となったのに、寒い・・・
家の梅はつぼみが固く、このままだと桜と梅が一緒に咲きそう・・・
それじゃあまるで東北の春と一緒です。
でも、桜や梅が咲くだけよいかなぁ・・・

で!
寒い夜は

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ふわふわの鶏団子のお鍋。

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一緒に入れるのは、ピーラーで剥いた大根とにんじん、そしてネギ。

鶏団子は鶏のひき肉とはんぺんと玉ねぎのみじん切りを炒めたものと隠し味がマヨネーズ。
去年の暮れに朝日新聞に載っていて、あ、おいしそう!で作ってみたら、大好評で、今年の冬の寒い日にはよくテーブルに乗りました。

というか3月になってもまだこういうお鍋がテーブルに乗る、という今年の冬は少しおかしいのかも・・・

今週の日曜日は、あの未曾有の大震災から1年・・・
昨夜、これまたテレビ東京で、宮城の地方紙、河北新報の震災時の様子をドラマ化したものを放送していました。
新聞社ですら被災地がどのような様子だったか分からなかったあの大地震。
沿岸沿いの支局と電話がつながらず、あせる本社編集局。
空港が津波で使えず、ヘリも飛ばせない状況で、東京の大手マスコミがどんどん流す情報に、地元でありながら何も発信できない記者たちは悔しさと無力さに地団駄を踏みます。

ただ。。。
電気が通じてしなかったので、TVは見ることが出来ず、東京のTV局が流す情報は彼らには届かず、何が起こったのかを知ったのは、ようやく届いた新聞によってだった、ということが、彼ら新聞記者の記者魂の救いだったのかもしれないなぁと見ながら思いました。

それにしても、あれから1年経つというのに、被災地はなにも変わっておらず、現地からくる情報も「なんだなかぁ・・・」ばかり・・・
今日、otosanがお友達の岩手深萱のお豆腐屋さんからお豆腐を買ってきましたが、まだまだ本当に大変だと聞いていて、お豆腐が作れるようになったお友達のところはまだよいけれど、沿岸地域に暮らす方々の暮らし向きを思うと胸が痛いです。

なんだか・・・
あたたかい部屋で、こんなお鍋を食べていてよいのだろうか?とすら思います。
いや、自分の頭の上のハエも追えずにいる私なので、何ができるということもないのですが、それもまた本当に情けないと思う今日この頃・・・




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by ank-nefertiti | 2012-03-05 22:44 | 考えること

La Liberté guidant le peuple

テレビ東京が放送している「美の巨人たち」
今回は、パリのルーヴル美術館とオルセー美術館の大特集でした。

ルーヴルにある数多くの絵画のなかで、この絵が一番好き。

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ドラクロワの「La Liberté guidant le peuple」
日本では「民衆を導く自由の女神」と訳されることが多いですが、「民衆を導く自由」が正しいのかな?と思います。

この絵を実際に見たとき、しばし絵の前から動けなかったことを思い出します。

そういう絵画に出会うことはそんなにないと思うけれど、他に動けなかったのはダ・ヴィンチ「最後の晩餐」とボッティチェルリの「春」、そして聖マルコ教会にあるフラ・アンジェリコの「受胎告知」

というかそういえるほどたくさんの絵を見ているわけじゃない、ということも大きな理由の一つですが・・・
で、まだ実物を見ていないけれど、多分動けないだろうな?と思うのがレンブラントの「夜警」
他にもあるかしら???
あ、どうしても見たいのは、古代エジプト19王朝の王妃ネフェルタリのお墓の壁画でしょうか。
写真でしか見ていませんが、3000年以上も前のものとは思えないくらいに色がきれいなのです♪

「自由」ということの意味を深く考えさせられた絵画でもあります、このドラクロワ・・・
そして見ている間、ずっとラ・マルセイエーズ が頭の中で聞こえていました。

しかし・・・
この「美の巨人たち」って、構成が下手です。
まあ最近のTV番組には多くみられることですが、そんなどうでもよいことを大袈裟に言うんじゃない、そこまで引っ張るんじゃない!と、特にこの番組では思います。
よい番組なのにもったいないわ・・・


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by ank-nefertiti | 2012-03-04 00:47 | 考えること

本棚

いつぞやどなただったか失念してしまったのですが、ブログで「本棚を見られるのはとても恥ずかしい」と書かれていた方がいらして、ああ確かに!と思ったことがあります。
本だけでなく、多分CDの棚もお嫌なのだろうな、とも思いました。
まるで裸の自分を見られるよう・・・とその理由を書かれていたと記憶しています。
ああ、それもそうだよねぇ、ともその時思いました。

で・・・
私の本棚^^

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二階の無駄に広い踊り場に、去年otosanが作って据え置いてくれました。

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寝室に置いてある以前からある本棚

もちろんこの2つだけでは収まりきらない山のようにある本たち。

一部はotosanの書斎の本棚に置いてありますが、その他の当分読まない本たちは屋根裏部屋に置いてあります。

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踊り場の本棚にはこんな本たち。

須賀さんの本やらイタリア関係の本。

宮城谷昌光さん、中国古代史をテーマに作品を多く書かれていますが、私、この人の作品凄く好き^^

で、エジプトものも多いのです。
イタリアにどっぷり!とはまる前は、断然エジプトヲタクでした^^;

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寝室のガラス入りの本棚には辻さんの本と

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塩野さんの本

そしてotosanの書斎の本棚には

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中学・高校時代からの本たちがいます。
遠藤さんや北さんの本。

そして

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アンブックス。
ハードカバーは屋根裏へ。
高校時代からずっとそばにあったのは文庫本^^

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ここにもエジプト関連。
大型の本ばかりを置いてあります。
「マルカタ南」の早稲田大学から出た研究報告書は、この遺跡の発掘の陣頭指揮を取られた故川村喜一教授の意思で、早稲田カラーであるえんじ色で装丁されています。
世界初の彩色階段を発見し、世界中にそのニュースが流れた翌朝、その貴重な遺跡が心無いものによって破壊されてしまったことは、残念でなりません。
この報告書には、総監督でいらした桜井清彦教授のあとがきがありますが、川村先生がご存命の時に出したかったとあって、涙が出ます。

他にもありますが、なんとなくこれだけで、あ、杏さんってこんな人!と少しわかっていただけるかな?などと思いました。

歴史に題材を取った作品が多いなぁと自分でも改めて思いました。

現在活躍している作家のものがないなぁ・・・とも^^;
あるんですけれど、写真に撮らなかったの。
なんででしょうかね?

写真にはありませんが、他に寡作な作家、飯島和一さんなんて凄く好きです。
あ、そろそろ彼の新しい本が出るかしら???
何しろオリンピックのような方で、4、5年に1作しか発表されない方なんですよ。
ええ、それも書き下ろしばかり。

しかし、私の読書傾向、かなり偏りがあるなぁ・・・^^;




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by ank-nefertiti | 2012-03-01 00:04 | 考えること