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イタリア大好き!な働く主婦が綴る日々の雑感、独り言♪                HN 杏

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本日は辛口・・・

今日はちょっと辛口の日記です。

22日に判決言渡しのあった「光市母子殺人事件」
最高裁の高裁への差し戻しからようやく判決。。。
事件が起こってから9年の月日が流れました。

昨年も「人権」というタイトルでこの事件について書きましたが、今回もまた書かずにはいられません。

被告人の弁護団は、今回の判決についてひどい判決だ、と口々に言っています。
新しい事実を何も認めず、最高裁の言いなりの判決だと。。。

ですが、反対側から見れば、この広島高裁の判決は非常に画期的なものです。
過去の例に拘束されることなく、事件を判断したという点で。。。

それまでの少年事件の死刑となる判例は永山事件でした。
つまり事件を引き起こした時点での、被告人の年齢と殺された方の人数で懲役刑か死刑かを判断していました。
光市の事件は、被告人が18歳と1ヶ月で事件を起こしたことから、1審、2審は無期懲役。
検察の上告により、最高裁は弁論を開き(珍しいことです)、自判こそしなかったものの、「情状に酌量の余地はない」として、高裁へ差し戻しました。
つまり、無期懲役は軽い、と言ったのです。

それほどこの事件は残虐で、あまりに被害者の人間としての尊厳を否定しています。

高裁に差し戻されて、被告人の弁護人は変りました。
変った途端に被告人の供述が変りました。
罪を認めていたのが、突然殺意はなかった、と言いだし、あげくに「どらえもんが何とかしてくれると思った」「魔界転生にあるとおりにした。生き返らせるための儀式だった」と何を血迷ったことを!と言いたくなるような陳述を繰り返しました。

このことが示すものはなんなのでしょう?
弁護人は、殺人でなく、傷害致死だと主張しましたが、どこが傷害致死?
夕夏ちゃんは11ヶ月の赤ちゃんで、叩き落せば命にかかわることは自明のことです。
首に紐を二重に巻いて絞める、それのどこが傷害?
明らかに殺意があるではありませんか。

被告人の弁護団は声高く被告人の人権を叫びますが、なら、なんら落ち度もないのに、死なねばならなかった弥生さんと夕夏ちゃんはどうすればよいのでしょう?
弥生さんと夕夏ちゃんには人権はないのですか?
そのことを弁護団はどう考えているのでしょう?

ご主人の本村さんが「罪を最後まで認めて謝罪すれば死刑判決はなかったかもしれない」とおっしゃっていますが、本当にそうです。
ある意味、この元少年は弁護団の被害者かも知れません。
人の裁判で自分の主義主張を達成しようとする弁護士たちの被害者かもしれませんね・・・

判決に大不満の弁護団は即日上告しました。
もういい加減にしませんか?
9年も被害者の家族は辛い思いをしてきたのですよ。。。
これ以上どうして苦しめる必要があるというのですか?
弁護団にこれ以上被害者の家族の人生を振り回す権利はない、と思います。

新しい事実が出てきたのだから、それを評価しろ、という弁護団のいう新しい事実とは、どう見ても不合理なものばかりです。
元少年の被告人の供述も、不合理なことばかり・・・

死刑廃止を訴えるなら、人の裁判を利用せずに、違う方法でおやりなさい、と言いたい・・・
by ank-nefertiti | 2008-04-25 23:27