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イタリア大好き!な働く主婦が綴る日々の雑感、独り言♪                HN 杏

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スターバト・マーテル

「ピエタ」を読み終わって、この実在した養育院とヴィヴァルディについてちょっと調べてみよう!と思い立ち、ネットで検索をかけていたら、「ピエタ」と同時期に日本で出版されたピエタ養育院を舞台にしたイタリアの小説があったことがわかりました。

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著者はティツィアーノ・スカルパ、2009年のイタリアで最も権威のあると言われる文学賞のストレーガ賞を受賞した作品です。
ストレーガ賞、過去の受賞作には、先日私がDVDで見た映画、「薔薇の名前」(ウンベルト・エーコ)、「ある家族の会話」(ナタリア・ギンズブルグ)、「山猫」(ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ)などがあります。
この作品たちを見ても、確かに最高の賞なんだ!ということがわかります。

2008年に発表されて、日本語訳が2011年に出たこの作品。
日本語訳は、ヴェネチア大学の中山エツコさん。

本の帯には

「ヴィヴァルディと天才少女の葛藤。語られる『四季』誕生秘話」

と書かれていて、amazonのこの作品の紹介にも同じように書かれています。


前半はほとんどこの養育院に捨てられ育てられた少女「チェチリア」の、会ったこともない自分を捨てた母親へ眠れぬ夜、夜毎綴る手紙です。
子どもから少女へ、少女から女性になる不安定な時期にあるチェチリアのモノローグ。

自分を棄てた母親への憾み、そして抑えがたい恋しさ、そしてどこまでも果てしない孤独・・・
養育院にある音楽院でヴァイオリンを学び、「合奏と合唱の少女たち」のメンバーとして養育院の演奏会でヴァイオリンを弾く日々。
指導をする老司祭は、新しいことを好まず、演奏法も古いもののみを教え、新しい曲を教えることもない、そんな日々に、老司祭に代わってピエタにやってきた若い司祭は、それまでと違ったやり方で、チェチリアたちに音楽を教え始め、それまでピエタでの生活しか知らなかったチェチリアたちに、ヴィヴァルディは音楽の世界を通じて、ピエタ以外にも世界があるのだということを示していきます。

ヴィヴァルディが、チェチリアたちに
「田園を見たことがあるか」
と聞き、チェチリアたちは「ここしか知らない」と答えると、ヴィヴァルディは「では行こう!」と彼女たちに言いますが、それは実際に田園へ行くことではなく、ヴィヴァルディの音楽で体験せよ、ということで・・・

そして、自らもヴァイオリンの名手であったヴィヴァルディは、類まれな才能を示すチェチリアに対して、「嫉妬している、その才能に」と告げ、ずっとピエタにいて自分が作る曲の演奏をせよ、と言うのですが、物語の最後、チェチリアはピエタを抜け出てギリシアへ向かう船のなかにいます。
ヴィヴァルディによって開かれた、己の可能性に向かって歩き出す、そんなチェチリアの姿を描いて作品は終わります。

前半は、もう何とも言えないチェチリアの手紙という形を借りた独白で、かなり重く読み進めるのに気持ちが辛くなる部分が多いのですが、後半にヴィヴァルディが登場して、物語は急に色を帯び、面白くなりました。

18世紀のヴェネチアについて、そこに暮らし、たくさんの曲を作った(ほとんどがピエタ養育院の合奏と合唱の少女たちのためにですが)ヴィヴァルディとピエタ養育院に暮らした女性たち、芸術という世界でせめぎ合う魂の叫びのような、そんな声が聞こえてくるような作品でした。

いつか・・・本当にいつか原語で読んでみたいなぁと思います。

同じ題材で描かれた2つの作品。
書き手が女性と男性ということもあるかもしれませんが、「ピエタ」の方が時代背景にもきめ細やかで、それぞれの描写が優しく、ヴィヴァルディに対してもとても優しいのに対し、「スターバト・マーテル」は、これは作者も認めているように時代背景には???な部分があって、全体に登場人物に対して厳しいように思いました。

ただ、作品として骨太であるのは「スターバト・マーテル」で、うん、これはもうイタリア人、しかもヴィヴァルディと同じヴェネチア生まれの作者であるのだもの、思い入れもかなりのものがあったのだなと感じました。

ちなみにタイトルの「スターバト・マーテル」とはラテン語で、日本語では「悲しみの聖母」という意味で、13世紀に出来たカトリック教会の聖歌であり、作詞者はヤーコポーネ・ダ・トーディであるといわれています。
この作品に登場するヴィヴァルディもこの詩に曲をつけており、約600名の作曲家がこの詩に曲をつけています。

ヴィヴァルディの作品の一部です。



これを、ピエタの少女たちも演奏したのですよね・・・

ピエタ養育院については、非常に興味深いものがあります。
もともとはアッシジのフランチェスコ修道会の修道士が設立したと言われ、男子も女子も受け入れていますが、なぜか男子は途中で外に出され、女子だけが一生をこの養育院で過ごしたようです。

フィレンツェの捨子養育院は、どうだったのだろう?と思い、こちらもちょっと調べてみましたが、詳しいことはわかりませんでした。

ただ、赤ちゃんの捨て方(なんて言いたくないですが)は、どちらも同じ方法で、建物の外にある「スカフェータ」と呼ばれるくるりと回る場所の籠に赤ちゃんを置いていく、その時は赤ちゃんの身元のしるし(後から引きとれるときのために)を一緒に置いていくことなど・・・
今年、フィレンツェの捨子美術館でもこの「しるし」をたくさん見ました。
育てることが出来ない母親の、悲しさと辛さを見たように思いました。



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by ank-nefertiti | 2012-03-18 21:32 | 読書