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イタリア大好き!な働く主婦が綴る日々の雑感、独り言♪                HN 杏

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辻佐保子さんのために・・・

昨年の年末、ブログのアクセス数が驚くほど増えたときがありました。
本当に凄いアクセス数で、なんで???と驚きました。
私のブログは、特別なアクセス解析をつけていないので(意味がないので)、アクセスしてくださる皆様がどんな理由で、どこから?は想像するしかないのですが、その時は仲良しさんのブログが炎上とまでは言いませんが、ちょっとややこしい状態になっていたときで、その絡みでアクセス数が増えたのかな?などと思ったのです。

ですが、数日、というか年が明けてもアクセス数は多く、検索キーワードもなぜ?な言葉が上位にいて、さすがに調べてみようと思いました。

去年の暮は仕事がどうなるの?という事情もあって、新聞をゆっくり読むこともなく、日々が過ぎてゆくという状態だったので、このブログのアクセス数が増えた理由がわかったのは、お正月の三が日が明けたころでした。

このことをいつ書こうか?と、イタリアへ行く前に書こうか、それとも戻ってきてから書こうか?とか考えましたが、結局今頃になってしまいました。

アクセス数が増えた理由・・・

それは、辻邦生さんの奥様であり、西洋美術史、特にビザンチン美術、ロマネスク美術の研究者としては日本の第一人者である辻佐保子さんが亡くなられたから・・・

でした。

辻邦生さんの作品の大ファンである私は、大学時代に学園祭の実行委員をしたとき、講演会に辻さんを呼ぼう!として、あちこち電話をかけました。
若いと言うことは恐ろしいことで、なんと辻さんのご自宅にも電話をかけました。
その時、電話口に出ていらしたのが佐保子さんで、若い学生の、なんとも勝手な言い分を黙って聞いて下さり、申し訳なさそうに

「ごめんなさい。どこの大学の学園祭でも講演はしないことにしているのよ。ここでしてあちらでしない、というわけにはいかないでしょう。折角ご熱心に言ってくださったけれど、お伺いすることは出来ないの」

と鈴を転がすような可愛らしい、きれいな声で佐保子さんはおっしゃいました。

それでも「渡辺先生のご縁もありますし、なんとかいらしていただくわけにはいかないでしょうか」と食い下がる、本当に佐保子さんにはご迷惑様な私に対して

「本当にごめんなさいね。渡辺先生のご縁もあるからあなたの学校だけでもとは思うけれど、こればかりはね、できないのよ」

と本当に申し訳なさそうにおっしゃいました。

それから何十年も経って、ふとしたことから知り合いになった方が、佐保子さんのおじ様である仏文学者の鈴木力衛先生のお嬢様であることがわかり、その時はもう辻邦生さんは亡くなっていらしたのですが、実は辻邦生さんの大ファンであること、卒論も辻さんであること、講演会をお願いする電話をして佐保子さんを困らせたことなどをお話しました。
その方は

「まあ!杏さん!なんで早く言ってくれなかったの!邦生さんが元気な時にこの話を聞いていたら会わせてあげたのに!」
「佐保子さんと邦生さんにはお子さんがいなかったから、私は子供のころに邦生さんに随分遊んでもらったのよ。まあ、こんな近くに邦生さん信奉者がいたなんて!」
「こんなに邦生さんの作品を愛してくれている人がいるって邦生さんが知ったら、どんなに喜んだかしら!」

と、私をまじまじと見て言いました。

「だってRさんが力衛先生のお嬢様だなんて知らなかったんですもの」

と言ったら

「そうよね、自分の父親が鈴木力衛ですなんて普通言わないものね、聞かれない限りねぇ。父は父だし、私は私だしね」

そうですよねぇ、と私も言って、お互いに残念だったと顔を見合わせたことがあります。

そして数年前の夏、軽井沢文庫での辻邦生展のとき、佐保子さんと辻家の軽井沢の家の設計をした磯崎新さんが対談をするというので出掛けたときも、佐保子さんに挨拶をしたくて並びましたが、私の2,3人前で「ごめんなさい。疲れてしまいました」とおっしゃって、佐保子さんはお帰りになってしまわれ、仕方ない、また何か機会があるかもしれない、だけどもう80歳に近い佐保子さん、持病も抱えていらっしゃる佐保子さんだから、これが本当に佐保子さんにご挨拶する最後のチャンスだったかもしれない、と気持ちが落ち着かないまま軽井沢から帰ってきたことを思い出します。

その予感は的中してしまい、私はとうとう佐保子さんとお話をすることがないまま、佐保子さんは昨年のクリスマスに一人で天国へと旅立ってしまわれました。

軽井沢での対談の折、

「辻が亡くなってもう10年が経つのに、私はまだ生きている、と思うとなんとも切ない」

とおっしゃった佐保子さん。

天国で辻さんと会われて、辻さんは佐保子さんに

「いろいろ迷惑かけたね」

とおっしゃったでしょうか。

蔵書の整理やら、全集の月報やら、佐保子さんがその後なさったご自身のお仕事とは別の辻邦生のための仕事の数々、それを辻さんは天国から見ていらして、もういいよ、とおっしゃられて、自分の傍に来なさい、宗吉も来たから、と、佐保子さんを連れにいらしたのでしょうね。

「のちの思いに」

に登場する、リスちゃん。
東大始まって以来の美学美術史の女子学生で、大学院へも進まれ、その後の中世美術の研究の世界での影響力の大きさ、教え子の多さから、佐保子さんは辻邦生の妻という顔の他に美術史研究の第一人者としての顔も持っていた、凄い人・・・

そのリスちゃんを何とか射止めようと必死だった辻邦生さん、今頃天国でさぞかし語り合っていらっしゃることでしょう。

生前に一度でよいからお話してみたかったなぁ・・・
ご冥福をお祈りいたします。。。


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by ank-nefertiti | 2012-02-16 22:43 | 考えること