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イタリア大好き!な働く主婦が綴る日々の雑感、独り言♪                HN 杏

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初めて娘のことなど^^ その2

昨日の続き・・・です。

高校で大変身!をした娘。
大学受験となり、指定校推薦で本人は進学するつもり・・・でした。
指定校推薦をもらえる資格は十分にある・・・と本人は思っていたのです。
あ、親も思っていました。
成績もちゃんとあったし、生徒会も1年からやり、会長にもなり、部活もずっとソフトボール部で頑張っていたのですから・・・

ところがですね、もらえなかったのです!
0.01彼女の成績を上回る子が同じ大学に希望をだしていた・・・からなんですが・・・
娘、怒り狂いました!
職員室へ殴り込みをかけました!

「指定校推薦をくれない理由を聞きたい!私がもらわずに誰がもらえるというのか、その理由を聞きたい!納得するまで動かない!」

クラス担任は女性の教師でしたが、もうかなり驚かれたというか、なんと説明すればよいのかと思ったようで、学年主任、進路主任の先生を呼んで、説得にかかった・・・ようです。

娘が希望を出した大学は、その年初めて学校に指定校の枠をくれたところで、失敗は出来ない、だからより成績の良い子を選んだ・・・というのがその理由でした。
そんな理由で納得する娘ではありません。
ええ、小学校のときならわかりませんが、もう大変身してしまった後ですから~017.gif

誰がもらったかは学校側は言わなかったのですが、そんな噂はすぐに広まります。
貰った子がわかった途端に、娘の怒りは頂点に達し・・・
またもや職員室へ~022.gif

「この大学の推薦規程は、部活動もきちんと行い、成績の平均が〇〇点に達するもの、とありますが、もらったと思われる子は、部活動は一切していません。成績も私と変わらない。じゃあ、私は3年間部活もやり、生徒会活動もやり、成績もちゃんと持っているのに、なぜもらえないのか、理由を教えて欲しい」

回答はやはり0.01でも高い子に・・・でした。

おふざけでないよ!と思った娘は、

「アホか!そんなくっだらない理由で!」

と一言毒づいて職員室を出て、教室にへ戻ったそうです。
その教室ではクラスメートたちが心配して

「Cちゃん、大丈夫???帰りに何か食べて帰る?(帰りにどこかへ寄るのは禁止ですよ、もちろん!)」
「ひどいよねぇ!Cちゃんがもらわずに××がもらうなんて!あんながり勉!そもそもあのがり勉は自力受験するからって特進クラスを希望したんじゃないのよ!なのに指定校推薦???許せない!!!」

口々に慰めてくれたり怒ってくれたり・・・
一緒に焼肉をやり、クレープ大会をやり、鍋をやり、大目玉をくらった仲間はありがたい003.gif

と、そこから娘は大学受験の本格的な態勢に入りました。
最初は経済学部志望だったのです。
数学苦手なのに>苦笑

当時、マンツーマンの塾へ行っていた娘。
教えてくれていたのが、J大の経済学部の子で、経済学部へ行くなら高等数学が出来ないと入ってから悲惨だ、とそりゃもうスパルタで教えてくれました。

ところが・・・
12月になって

「おかあさん、なんかね、スポーツ科学って学科があるのよね。私、そこに行きたい」

と言い出し・・・

「だけど、スポーツ科学を持ってる大学って、東京近郊だと私立だと3校で国立だと筑波で・・・筑波なんて無理だから!」

そんな自慢してどうする!と思いましたが、まあ筑波の5教科7科目はそりゃ無理だ!と私も思い、調べてみると、確かにああら!!!難関校ばっかり!

それでも娘の意思は固く、じゃあお頑張り~!

一応、学校推薦をもらい、1校だけ推薦で受験したのです、ためしに・・・

キャンパスが千葉なので、前日からホテルへ宿泊した娘。
初めての経験!一人でホテルに宿泊~

試験当日メールが来ました。

「ダメかも・・・。受験しているメンバーが凄すぎる・・・インタ杯に出ている子たちだよ・・・実技で完全に落ちる・・・」

はは、落ちました。

そして1月、2月の本来の試験で、3校に願書を出して、受験しましたが・・・
撃沈~

浪人生活に突入しました。
マンツーマンで教えてくれたJ大の学生さんが、自分の浪人時代のやり方など伝授してくれ、予備校はコースで取らずに科目ごと先生を選んで取る方が良いと言って、カリキュラムまで作ってくれました。
そのG先生の言うとおりに予備校で学科を取って、わからないときはいつでも聞いてきていいからね、と言ってくれたG先生に図々しくもメールで英語を教えて貰ったりしながら娘の浪人時代は過ぎてゆきました。

1年後、推薦で受け、一般で受け落ちた大学を外して、宮城にある大学を入れて、またもや3校に願書を提出・・・

最初の試験が宮城にある大学でした。
ちなみにラジオを聞いていた娘が

「今年は風水では試験に受かる色ってゴールドとピンクなんだって。それを身に着けていくか持っていくと受かるって!」

ああ、そうなの~

「ゴールドは、ほら、バルサのサードユニが今年はアニバーサリーでゴールドで、お誕生日に買ってもらったでしょ~。あれ着て行けばよいんだよね。でもピンクなんて持ってないよ~、どうしよう!!!」

神頼みですか???
ですが、作りました。
湯島天神のお守りを入れる袋をピンク色で^^
巾着型に作って、紐はゴールドで!
これなら文句はあるまい!!!

受験当日、私が5時に起きて、揚げたカツサンドを持ち、サッカー、スペインのチーム、バルセロナのユニフォームを着て、ピンク色のお守り袋を持って出かけて行った娘。

試験が終わって「なんか・・・周りの人たちが自信満々なんだけど・・・。やばいかも・・・」という気弱なメールがきました。

そのあと、もう1校受け、本命W大は最後・・・
ですが、宮城のS大が受かってしまったのですよ~、自信ないと言っていたのに~

で、娘はW大の受験、手を抜いたのです。
彼女は出来るなら東北の、盛岡に近いところの大学へ行きたいという気持ちが強くあったようで、それは影が薄いと言われていたにも関わらず、彼女の中で盛岡での2年半はその後10年経っても楽しい時間だったようなのです。
なにしろ幼馴染のKちゃんのお家がある!
第二の母と呼ぶKちゃんのママがいる!
という単純な理由ですが037.gif

結局、W大は落ち、宮城のS大へ進学することになりました。

初めて親元から離れる~
こちらの心配などどこ吹く風で、彼女はルンルンと宮城へと~

そこでの4年間、それはそれは楽しい日々だったようです。

大学時代も、これまたなんだって???な話が山のようにある娘・・・

それについてはまた書きたいと思います^^



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by ank-nefertiti | 2011-09-23 01:11 | 徒然