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イタリア大好き!な働く主婦が綴る日々の雑感、独り言♪                HN 杏

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左利き

エキサイトのコネタで、こんな記事がありました。

私はご存じ方もいらっしゃるかと思いますが、左利きです。
むかし、麻丘めぐみをいうアイドル歌手が「私の彼は左利き」という歌を歌って、左利きが一躍脚光を浴びたことがありますが、それまでは左利きは日陰の存在でした(苦笑)。

私が生まれて育った家は、父方の祖父母と曾祖母がいて、万事旧式な家でした。

そこに突然左利きの女の子が生まれてしまったから、さあ大変!
といっても生まれてすぐに左利きであるとわかったわけではありませんが・・・

1歳近くになり、スプーンを持ったりしはじめて、「あら?この子は右でなく左でばかりものを持つ!」と言うことが発覚し、それから私の記憶はありませんが、母は右手でものをもたそうと必死に訓練したようです。

ええ、小うるさい姑と大姑がいたから>爆

ですが、その頃からどうも意志強固だったらしい私は頑として右手に持たされてもすぐに左手に持ち替え・・・
困った母は、日赤の小児科へ相談に行ったのです。

あ、私は生まれつき足も悪くて、歩き始めたころから(割と早く歩いたらしいのですね、その頃からせっかちだったんですわ>爆)、両足にギブスをはめていて、その治療に日赤に通っていたので、当然母はいろいろな相談を日赤にしていたそうです。

左利きをなんとかしたいという母に、当時の日赤の小児科部長さんは

「お母さん、この子が左利きというのは、もう頭のなかの神経からそうなっているんですよ。それを無理やり右へということは、この子の頭の中は凄く混乱します。そして悪いことに矯正すれば右利きになるかもしれないけれど、吃音症になります。どっちがこの子にとって辛いでしょう?左利きをこんなにああだこうだ言うのは日本だけですよ。世界ではそんなこと問題にもしません。この子が吃音になる方がよほどかわいそうだとは思いませんか?」

とおっしゃったそうです。

母は、まさしく!と思ったそうですが、家には恐ろしい姑と大姑が待ち構えている・・・

特に大姑と舅は、「女の子が左利きだなんてとんでもない!」と常日頃母を責めていたので、もう母としては病院の先生に何とかしてもらうしかない!と思い

「わかりました、でも家には私が何を言っても取り合わない大姑と舅がいます。先生、一筆書いてくださいませんか、今おっしゃったことを。病院のそれも日赤の先生がそうおっしゃったとなれば、もう何も言わないと思います」

めでたく一筆したためてもらった母は、それを家に戻りうるさい3人に見せました。

日赤小児科部長の書いたものは、さすがに力があったらしく、それ以降祖父母も曾祖母も何も言わなくなったそうです。

で、私は自由に左手ではさみを使い、箸を持ち、字も書き、絵も描いてたのですが、ある日、母が言うには「あ~、書きにくいなぁ。右で書いてみよう!」と鉛筆を突然右手に持ち替えて文字を書き始めたのだとか。
小学校に入る直前のことです。

それからは、私は文字を書くときは右手ですが、それ以外のものはすべて左手。
絵も左で書きますし(図形もです)、お針も左、編み物も左、はさみも左、包丁も左、箸も左。

左利きであまり不自由をしたことはありませんが、悲しい思いをしたことは何度もあります。
まずは小学校の6年生の時。
家庭科の調理実習で、試食の時、当然いつものとおり左手で箸を持ち食べた私に、家庭科の先生と担任の女教師が反省会と称してクラスメートの前で言ったのです。

「みなさん、本当によく出来ました。だけど残念なことが一つあります。この中で箸を左手で持って食べていた人がいます。本当にお行儀の悪いことで、こんなに残念なことはありません」

え?お行儀が悪いの???
家ではそんなこと言われたことないけど???

だけど、クラスメート全員の前で先生二人に責められたことが、本当に恥ずかしくて、悲しくて、そのあとがどうなったのか覚えておらず、家に戻るなり、母に事のいきさつを話しました。
怒り狂ったのは、母で、普段着のまま学校へ飛んでいきました。

職員室にいた二人の教師に向かって、娘は左利きだが、それは幼い時の医師の助言によって矯正していないということを伝えたはずだ、だから左手で箸を持ち、包丁を持っても咎めないで欲しいとも頼んだはずだ、それをなんということをしてくれたのかと、猛烈な勢いで訴えたのだそうです。
家庭科とクラス担任は、母のあまりの剣幕に、自分たちが何を言ったか、それがどういうことかようやく気付き、母に謝ったのですが、母はまた謝る相手が違う!と言ったらしく・・・>苦笑

翌日、私は職員室に呼ばれ、家庭科とクラス担任から、一応の謝罪を受けましたが、ついでに自分たちはあなたのためを思っていったのだから、という言い訳も聞きました。
その言い訳を聞いたことは、母には言いませんでした。
言ったらまた母は学校へ怒鳴り込むとわかっていたので。

その後、結婚した後も義母から「左利きなのよねぇ」と、義母の世代にしては進取の精神に富んでいたはずの人なのに言われたときは、もうお台所に義母と一緒に立つのはやだ、食事を一緒にするのも嫌だ!と思いましたが、そうも言えず、「左利きですみません」と言うばかりでした(ええ、その当時は凄く可愛かったんです>爆)

ですが、私の中では左利きで何が悪いの?何も本人は不自由していないし、そもそも誰にも迷惑かけていないでしょ、なんでそんなにうるさく言われなくちゃいけないのよ?といつも思っていたのです。

なので、娘が生まれて、彼女が左利きとわかった時、矯正しようなどとはまるで思いませんでした。
自然のままが一番よい、大きくなって左で書くのが不自由なら右にペンは持ち替えるだろうと考えたからでもあります。
ですが、娘は持ち替えることもなく、文字を書くことも、箸も全部左^^

私の時ほど左利きであることが、珍しく言われる時代で亡くなったことも幸いだったのかもしれませんが、彼女は普通に暮らしています。

なので、今、こういう記事を読むと、ああ未だに左利きは肩身が狭いんだなぁと驚きました。

左利きはね、天才が多いとも、平和主義者だとも言うのにね。
by ank-nefertiti | 2011-06-05 19:58 | 徒然