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イタリア大好き!な働く主婦が綴る日々の雑感、独り言♪                HN 杏

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アイルトン・セナ ~音速の彼方へ

久しぶりに映画に行ってきました。

観たい映画はたくさんあるのですが、今回は

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34歳の若さで、天国へ旅立ってしまった、F1レーサーアイルトン・セナのドキュメンタリー。

 アイルトン・セナ ~音速の彼方へ

今年が生誕50年を迎えるのを記念して、アイルトン・セナ財団とフォーミュラー・ワン・アドミニストレーションの全面協力を得て、セナの生きた証、熱い思いを今に伝えるドキュメンタリー。

セナが、サンマリノGPで、イモラのコースに散ったのを、当時高校生だったF1ファンの息子とTVで見ていたのが、つい昨日のようです。
本当に一瞬の出来事でした。

えっ???

息子と二人で、画面に見入りました。

何が起こったの???

放送の最後に、中継していたフジTVのアナウンサーと、解説の二人が、涙ながらにセナの死を告げた時、息子は涙を流しました。

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天才ともいえるドライビング・テクニック。
そして常に上を目指す向上心と弛まぬ努力。

貧困にあえぐ祖国ブラジルに、希望の光を点し続けたセナ。

FISA会長のバレストルが押し付けてくる政治的圧力、そしてマクラーレンでのチームメイト、アラン・プロストとの確執。
フランス人同士、なんとしてもプロストを勝たせたいバレストルが、セナに言う、「私の決断がすべて正しいのだ」という言葉は、若いセナにとってどれだけ悔しく、また受けれ難いものだったことでしょう。

半年間のライセンス取り消しやら、突然のコース変更やら、よくくじけず頑張った、とスクリーンを見ていて涙が出ました。

マクラーレンからウィリアムスに移籍をしたその年に、セナは帰らぬ人となりました。
シーズン当初から苦しめられた、マシンの不調。
イモラ・サーキットでの事故は、いつものセナならあり得ないところで起こったもので、何故あのような事故が起きたのかは、今も謎のまま・・・
マシンに突然トラブルが起きて、操縦不能となったのではないか、というものが一番多く言われている原因ですが、それもこれもセナに聞いてみないことには、わかりません。

ただ、このレースは、予選でもドライバーが事故により1名亡くなっています。
そのショックから誰もが抜け切れていないのに、レースを開催したFISAにも問題はあるようにも思いますが、何を言ってももうあの天才ドライバーは帰ってきません。

セナは元気だったころから、祖国ブラジルの貧しい子供たちになにか手助けはできないか、と心を砕いていましたが、死後、その意思を継いで、彼の姉が「アイルトン・セナ財団」を設立し、その管財人にはなんとあれほど険悪な関係にあった、アラン・プロストが就任しています。
死してなお、祖国ブラジルのためにその思いを紡ぎ続けているセナ。

イモラのサーキットで、マシンに乗り、レースの開始を待つセナが映し出されましたが、それはまるで自分の死を予感しているような、なんとも言えないうつろな表情でした。
セナ、なんでそんな顔をしているの?と声をかけたくなるような、悲しげな顔。

最近ではF1は、TVでもほとんど見ることもなくなりましたが、もし、セナが死なず、元気でいたら、今のF1の世界は違っていたかもしれず、今も私は息子と二人TVの前で観戦していたかもしれません。

24歳でF1のシートに座り、3度の世界王者となり、最速のドライバーと呼ばれた、アイルトン・セナ。
事故現場に駆け付けた、セナと親しかったドクターが「自分は信心深くないが、セナが息をはいて、その後身体から力が抜け落ちたとき、あ、セナの魂は今肉体を離れた、と感じた」と、語っていました。

この事故の後、FISAはこのドクターに安全管理を依頼しました。
そして、その後、F1レースでの死者は一人も出ていません。

レースの安全を常に訴え続けていたセナの思いが、皮肉なことにその死と引き換えに実現されたわけで、大きな代償だった、と映画を見ながら涙とともに思いました。

セナのファンならずとも、この映画はドキュメンタリー作品として非常によくできており、お時間があれば、鑑賞されてみるのもよいのではないかな、と・・・
セナファンには涙なしでは見ることは出来ませんが・・・
by ank-nefertiti | 2010-10-10 21:09 | 観劇・映画